見出し画像

書評:『アンネの日記 増補新訂版』(アンネ・フランク、訳:深町眞理子)

画像1

誤解を恐れずいうのであれば、世界最高峰の中学生日記である。

アンネの日記というものに、いわば完全版があることを、池上さんの本で最近知った。よく出回っている昔からある版と、完全版は多分全くの別物で、映画でいうと『グレートブルー』と完全版の『グランブルー』ぐらい違うのではないかと思う。

こちらは長い完全版の方である。

読後の感想は、やっぱり「かわいそう」というものである。イスラエル建国に役立った本だけであって、見事な中学生日記の文学作品である。ノンフィクションであるが、よくできた小説なのである(小説といっても、内容に嘘やフィクションがあるという話ではないのだが・・・)。

そして、甘酸っぱい官能小説でもある。

詳しい解説は池上さんに譲るが、普通の『アンネの日記』はアンネが書いた本からやばい部分をお父さんが削って出版した本で、削っていないのがこの本である。削っていないので、ものすごい中学生ぶりが発揮されている。

アンネさん、第二次世界大戦中のユダヤ人迫害から逃れるため、他の2家族+おっさんで隠れ家にこもる生活を続けるのだが、そこでザ・思春期たる中学生時代を送る。母親との喧嘩がすごい。母を母とも思わぬ残酷な母親評などまさに中坊そのものである。

また、「私には本物のお友達がいない」という悩みもまさに中学生日記そのもので、アンネさん、他にやることがないので、日記に集中しているので、文章力もメキメキと上達している。

最初に出てくる友達評なんかはかなり人を小馬鹿にしていてかなりまずい。また、中学生らしく、だんだんに性的なことにも興味が出てきて、その変遷を日記からたどることができる。特殊な隠れ家生活では、親が性教育をする余裕がないので、アンネは勝手に性情報を収集しており、収集した性行為に関する内容も日記に書いている。中学生同士やお姉ちゃんと情報交換してしまっていて、結構やばい。一番のハイライトは、アンネが、女性の性器についての詳細な描写により、自らの描写能力の高さを誇っているシーンであろう。ここまで女性の性器について詳細な描写を私は見たことがない。その記述が、1ページ以上である。

一緒に住んでいたペーターという少年がいるのだが、アンネさん、最初は嫌っていたのに、好きになっちゃって、お互い屋根裏部屋でチュッチュ初めてしまう。中学生の恋である。もう、まさに中学生日記まっしぐらである。

中学生がおっさんと一緒に住まなくてはならないので、不満タラタラである。お隣の家族に対する描写も酷くて、「このおっさんはヤニ中毒」「このおばちゃんは全くもって知性を感じない」といった類の悪態が、これでもかというほどに書かれている。

という、父親であれば、閉じてしまいたい中学生っぷりを見事にカットして綺麗なところだけ出したのが多分、普通版の『アンネの日記』であり、完全版の中学生日記はそうではないのだ。私も娘はいないが父親なので、カットする気持ちはわかる。でも、全部出した方が、やはり作品としての価値は高いと思う。

アンネの家族は、隠れ家で、ひっそりと音も立てずに暮らしていた。なので、その非日常が日常になってしまっている。毎日つまらない生活をしており、娯楽も少ない。日記といっても、ただのやったことの記録であれば、読めるような代物にはならない。なのに、この本が面白いのは、アンネの記述がアンネの内面に向かっていくからである。つまらない日常と日々の思考。中学生の精神的な内面での成長とその過程。そして、その成長をアンネ自ら感じ取りながら、自らの精神的な成長を書いている。(私はすっかり忘れてしまった)中坊の内面と精神的成長、その絶妙な記述こそ、この文学作品の粋なのである(重ねていうが、この作品はノンフィクションである。でも、内面の変化をうまく描いた文学作品として仕上がっている)。

江藤淳さんの夏目漱石評にもある「偉大な小説家というのは、平凡な日常を面白おかしく書ける」というものを地で行っている作品である。アンネが持つものが、文章力なのだと思う。虐殺されなければ、大した文豪かジャーナリストになっただろうので、大変に残念である。

さしあたり、中学生の心理を詳細に描いてくれているので、父親母親としてはありがたいのではないかと思う。自らも通った中坊時代なのである、その気持ちはすでにすっかり忘れてしまった。しかし、アンネの日記を読むと、その気持ちを少しだけ思い出せるような気もするし、「全く理解できないけど、こう思うのか」と思う部分もある。いずれにせよ、中学生の息子・娘との接し方、反抗期にある中学生の考えていること、を理解するには、良い作品であると思う(古今東西、中坊の悩みなどは普遍的である)。

また、池上さんの本とあわせて読んでもらうと、ユダヤ教とキリスト教の現場における発想の違いと一致点を見いだせる点も素晴らしい。アンネは科学と歴史を信じる知的少女なので、旧約聖書的な与太話と、科学との関係をどう折り合いをつけているのかという感覚をこのアンネの日記は示している気がする。

そういった意味でもオススメの一冊である。
是非、読むなら版を間違えずに、完全版の中学生日記がお勧めである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?