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「嘘でも本当でもないこと」を本当っぽく言っている人ばかりの地平で、具体的にどうするか

(文末付録:『君たちはどう生きるか』初日初回を観てきた感想)


・嘘より苦しいもの

 自分なりにできる限りを尽くしたつもりの誠意が、丸ごと生ゴミを処理する三角コーナーのような場所にぶちまけてあるのを見てしまったショックに出くわしたことが人生に何度かある。こういうとき、何もかもすぐ言葉にはならない。黙って無重力に放り出されたような、絶望とすら言えない世界の喪失にじっと耐えるしかない。この喪失のトンネルがどこまで続いていくのか全く検討がつかないところにまず第一の苦しみがある。
 そして、唐突に視界がひらけた先にはかつてと変わることがない、まったくもってカラッとした、無味乾燥とした気まずさと楽天的な不安に覆われたいつも通りの世間が静かに横たわっている事実が広がっている。ここにも猛烈な苦しみがある。

 私がどれほど音も湿度も味も鮮度もない鈍重な苦しみに追い込まれたところで、そんなことは誰も知った話ではない。また、そんなしんどい話に興味関心を向けるほど物好きで暇な人間はどこにもいない。自分には宗教的な性質を帯びた依存心を他人に投影できるくらいに傍迷惑な胆力もない。私さえ黙っていれば全てつつがない。じゃあ、黙っていようかなと判断すると、それは降り積もる。他人にバレるチャンスを永久に失った情緒の積雪は、それがそうなった原因を注意深く洗い出して探し出して知りたくもないのに教えてくれる。私はこう思う。

「この人もまた、嘘でも本当でもないことを本当のことのように言っているなあ」

そういうことを思って、そんなことはやっぱり言葉にはならない、なっても仕方がないので引き続き黙っている。

・遅効性の毒

 「好きの反対は無関心」だとか「アンチはファンよりも対象に詳しい」みたいなことが言われたりするけど、嘘と正直の関係も少しばかり似ているところがある。嘘には意図がある。意図があるからには、がんばれば対話も不可能ではない。どうせ正直な発言にも発話者の真意を探る手続きは必要なのだから。工夫次第では誠実さの位相がお互いにズレているだけだと考えることだってできる。どうにでも前向きになる方法を編み出せる。一つのやり方がダメでも、また考えればいい。
 それに比べると、「嘘でも本当でも無いことを本当のことみたいに言っている人」というのは終始どうにもならない。嘘でも本当でもないんだから、もっと棒読みでやってくれれば助かるのに、自分だけでも得をしたい、主張をしたい、聖人みたいになりたいという気持ちがあるから本当のことを言っているみたいになにか(サステナブル等)を頑張って言っている。世間が毒の沼地みたいに見えることがある。
 今の世の中で最も人の心を苦しめているのは「嘘でも本当でもない言葉」だと思う。これにはそもそも悪意のようなものがない。それは一見、無難で無害で社会性を備えているようにも見える。でもそれは遅効性の毒だと思う。

・バカ

 自分の所感として、いい芸能人には性格がない

それはなんでかというと、「矢面に立って嘘でも本当でもない言葉を情念の奥底から放った真意として発言する実力」が求められるからだと思う。そんなことができるやついるのかよ、と思うが、実際そういう人は多くはないがいる。それは現代的な人権の捉えられ方に反した人格の現出にも見えるんだけど、この能力を極端に突き詰めていくと人間の精神を深いところで鎮魂する謎パワーを放つようになっていくから、それはそれとしてすごいことだと思う。私は嵐の櫻井翔という人がこの能力に長けている人物だと思っている(松潤や大野くん等にはこの感じを特に感じない)。
 原理としては平成天皇の被災地行脚によって多くの人の心が慰められていたのと同じような仕組みなのではないか。自然災害と感受性を共に発達させてきた民族性として、極端に自我を取り去った人間に傾聴されることで得られる深層の癒しがあるんだと思う。それは哀しみや諦念や憂いを伴っていて、また親切なものである。こんなことを芸能に携わる人間がやっているのはおそらく日本くらいで、海外セレブはむしろ大体の場合は自己主張をガンガン表明するスタイルをとっている。それはそれで考えがあってやっていることだからいい。傾聴するならする、主張するならするで。どっちかにしろと思う。自己主張をしながら傾聴の振る舞いを演じて、考えることや内省、価値の追求などの面倒ごとを全部放り出したままデラックスな玉座みたいなところに座りつけて過度にリラックスするのはやめてほしい。
 こんなことばっかりをやって、全体的に一体どうなってしまうというんだ。

 この個人の自我を究極的に取り攫って深いレイヤーで傾聴するスタイルを中途半端なインフルエンサーとかが小手先で真似しているのが日本のSNSのすごく良くない点だと思う(海外のSNSの感じはよく知らないけど)。

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