噴霧主への度し難い尊敬

私が上京してきた頃、ロリータファッションをしていた。当時はネットスラングで

「精神ロリ」

という言葉があった。


精神ロリとは、服を着るに際しての精神性になにかしらのこだわりを持つさまを批判した言葉である。


当時の私は思った。


ちょっと待ってくれ。

じゃあ「精神」関係ないロリータってなんなんだよ

そんなのあるのか


と思ったら、有識者によると

「普通の服としてロリータファッションが趣味です。形やディテールの要素が物質として好きなのでバイトした金などで買います」

という態度を取るのが良いとされていたのだった。

知らない人からしたら意外かもしれないが、ロリータ服を着てコミニティーに加担する際は、精神世界を持ち出さない。そんな感じの「常識」があった。

コスプレイヤーが

「コスプレは会場外の一般社会空間では絶対にしてはならない」

と考えているのに近い流儀かもしれない。

そういうものだと言われればそういうものでしかないのかも知れないが、精神が物体として目に見える形で出現すること、それが均質でないこと、へのタブー感覚はかなりのものがあった。それはそれでかなり異常な集団という感じがする。要するに、労働者としてのプレッシャーを遵守せよという同調圧力がかなり強く働いていたのだった。それはロリータファンションの愛好者集団だからではなく単につつがない日本人としてそういう約束事のようなスタンスがあるのだろう。


「労働者」


これが分からない。


正確には「労働者というスタンス」が分からない。

賃金を得ることとは無関係な時間にも、スタンスとしての労働者という物事の捉え方があり、それがつつがないものとされているという感じがとりあえず、した。

じゃあ汎用性が高く日頃の労働にも適しているユニクロは常に「精神ユニクロ」なのかといえばそんなことはなく「ユニクロ」は「ユニクロ」である。

3800円のヒートテックが全国どこでも3800円で購入可能であり、それが失われても常に貨幣と交換可能であることが労働者スタンスなのである。これはこれで確かに素晴らしいものだ。豊かだし。

ただ、分からない。そんなにこだわらなくてもという感じ。

そのスタンスによって得られる利益、均質で日常的な価格で全国どこでも得られるシーチキンマヨネーズのおにぎりとかを当然のように感じてしまうから「ゆとり世代」とか言われてしまうのかも知れないけど。それにしても

労働者として対価を支払い商品として購入した既製服としてのロリータファッションを着用する

なぜそこまで意識を徹底しなければいけないのか理解できない。いいじゃないか。別に。どうせ我々は一人残らず産まれたときからどうしようもなく手遅れなんだから。今更なんとかして取り繕おうとしても

なんの意味もない

私が上京したばかりのころ、ロリータファッションというものは割とマイナージャンルの趣味という感じだったのでしばしばオフ会が開催されていた。


それも、あらかじめネット上で交流がある人たちが集まるのではなく全く面識のない同好の士達が「お茶会」と称して急に集まるのである。いわゆる巨大掲示板2ch(当時)の突発オフとして企画されたものだった。


今冷静に考えてみると、同じジャンルの服が好きだからといってどう考えてもそれだけで全員気があうわけがないのだが。しかし当時はマイナーすぎて資料も貴重なので雑誌の小さい特集コーナーを切り抜いてとっておくくらいの感じだったので、なんだかそれだけで問答無用で全員元々知り合いのように気があうのではないかというムードがあった。


私が参加したのはいわゆる「原宿突発オフ」という、各々好みのブランドの服を着て原宿駅周辺に集まり、神宮を参拝し適度に買い物などしてお茶をして適当に解散って感じのものであった。

私はローゼンメイデンのようなボルドーのドールドレスに手製の紅茶染ヘッドドレス、Jane marpleの革靴に小さめのトランクバッグというスタイルで参加をした。

集まった人物は合計6名で各々好きな格好をしていたが、
よくイメージされるような、パニエでスカートを大きくお椀状に膨らませて大きなボンネットを頭にかぶったコテコテのスタイルではなく、比較的おとなしいカジュアルロリータと言われている格好の人が多かった。

膝丈のいちご柄のスカートに袖にフリルのついた白いカットソー、あみぐるみのいちごが何点か縫い付けられたストロベリーアイスクリーム色のカーディガンにベレー帽をかぶりハート型のバッグなんかを持つと典型的な(当時の)「カジュアルロリータ」という感じになる。靴は不思議の国のアリスが履いているような先が丸いもので、OLのパンプスとは何かが決定的に異なる。

当時のガーリーと呼ばれていた現象の範疇にサンリオギフトゲートの店内とかにいればギリギリ収まるといえば収まるような、しかしよく見ると、コテコテのフリル満面のロリータファッションよりもなぜか「ガチ」という感じ。本拠地、ここが大本営と言わんばかりのより根拠の強い印象がにじみ出るとことろがカジュアルロリータの不思議であった。私はそもそも生活という概念がよく分かってないからこれを着こなせた試しがない。

待ち合わせした原宿駅のコインロッカー前に


一人だけ、異様なオーラを放つ人物がいた。


(私ではない)

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