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水野いや伝 どこまでいっても、なんかやだ ⑷


 学校の先生がとにかく嫌だった。なぜならば、良識のない壊滅的人格破綻者が多いからである。そうでない人物もいるにはいるが、破綻者の割合が圧倒的。特に高校一年生の時の担任の教師の人格破綻度合いは群を抜いていた。まず、アル中。これは物の例えではなく、実際に学内で酒を飲んでいる。私は嗅覚過敏なので、この教師いつもアルコールの匂いがするなと思っていたが、その後自然科学部の部員の人に「あなたのクラスの担任は、理科準備室の冷蔵庫にビールなどのアルコール飲料を保冷している」と言われて確信を得た。なんだか顔がうすら赤いし、確実にやってはいる。しかも、やり方からして熟練の感じが漂っている。どのあたりがというと、ギリギリバレない、バレてもギリギリのところで指摘しきれない程度に、多くも少なくもなくギリギリのアルコールを飲み続けるチキンレース技術が妙に高い。ベテランだろう。シラフで過ごす日をやってしまうと、むしろアルコールをやっている日との顔色の差が明白になりバレるので、常に一定量を飲み続けている豪胆さに私は常習性を確信した。今の常識では考えられないだろうが、当時の世相はアルコールやタバコにずっと甘かった。電車でタバコを吸っていたくらいだから。何度か理科準備室に立ち入って直接証拠を抑えようとしたが、動きがバレているのか阻止され続けた。そこまでバレそうになっているのだったら、物的証拠以外の面にも気を配った方がいいのに、廊下で私を見かけるとアル中はこのように話しかけてくる

「いやあ、水野さんのお家で作っているお酒はほんとうにおいしいよねえ。今度酒蔵開放があるから先生行こうと思ってるんだよぉ」

もう、どうしたらいいのか分からない。そもそも、こちらは未成年だから、恍惚としながら酒の味わいを語られても同意のしようがない。困惑したが、大チャンスだなと思ったので

「あなたはアルコールの匂いがいつもしますが、学校でも常に酒をのんでいるんですか? 準備室でビールを冷やしてるって話も聞きましたが」

とダイレクトに聞いてみた。ダイレクトもなにも、他に聞きようがない。ありありとヒントが出すぎているんだから、どうしようもない。ダイレクトなのは、向こうだろう。こちらとしては当然の疑問を呈しているだけ。学校で酔っているのが道義的に許せないとか、そういう次元の話ではなかった。定年直前の男性教員、いわゆるジジイが、「酔狂」といった、世の中全体を舐め腐った痛々しく傍迷惑な自認で常に緩やかにへべれけになり、へべれけ老人特有の、老い先の短さを匂わせて若者に対する甘えのオーラを醸し出す手口を常に繰り出してくるのがとにかく嫌で嫌で仕方がない。どうしてこんなやつのことを「先生」とか呼ばなければならないんだよ。迷惑病人がふさわしいのに。ふさわしいというか、事実。名前に「銀」という文字が入っていて、化学の教師だからと、生徒に「Ag」とか呼ばせているのもとにかく嫌だった。こちらは何の犯罪も犯していないし、日々なるべく自分なりに考えて真面目に生活しているというのに、へべれけ老人のつまらないギャグに無理やり付き合わされるという拷問に付き合わなければいけないのは、なぜなのか。こんなの受刑だよ。若者罪で、セルフ通勤式の刑務所にパートタイム投獄をされている。長年アル中教師という綱渡り人生を生き抜いてきただけあって、変な愛嬌を放つ能力値が高いのもまた、大いに不気味であった。比較的校則の厳しい学校だったので、少し温和で愛嬌がありそうなムードを振舞っているだけで、場当たり的にかわいいおじいちゃん風のふるまいをしている存在としてそこそこ愛されてはいたが、調子に乗りすぎて黒木瞳のエロポエムを印刷してクラスに配布して黒木瞳を褒め称える一方『鬼ババ化する女たち』という新書を朗読し、50歳くらい年下の人間ら(女子校なので全員女性)にさらなる甘やかしのカツアゲを迫るという終わりきった最低の人間性を披露して最終的にはボロクソに嫌われきっていた。当然である。これらの人間性について、私は何度もレポートを書いたり他の教師に抗議して改善または退職を求めたが、一向に改善はされなかった。奴は、去年精神病院に長期入院をしていたし、もうすぐ定年で、気の毒だから勘弁してあげようとのことである。気の毒なのは絶対に生徒の側だろう。というか、こうなってしまっている人間をつけあがらせ続ける方がよっぽど気の毒ですし、生徒に手心を加えさせるために毎回一年生の担任をやらせているのも終わっている。気がおかしくアルコール依存症と精神病を抱え女性差別意識を丸出しにした老人が、なぜかプリンセス扱いをされ続けている異常事態。しかも、だれも彼のことを本気でプリンセスとか思っているわけでもないのに、なんだか責めたら気の毒そうな空気を出す技術だけでここまでハイレベルのプリンセスをやり抜いている。豪放磊落といったらいいのか。とにかく自分の快楽を少しでも多く得るためなら他人の迷惑、不幸なんて一ミリも歯牙にかけない。コイツの家族や親戚は精神的苦労で物理的に骨折しそうなくらいにほとほと追い詰められていることだろう。南無阿弥陀仏。一刻も早く成仏するように念じるくらいしかできることがない。成仏しても、こいつは極楽や地獄ではなく、無明の闇に葬り去られて未来永劫消滅すべきであろう。

 ここまで人間性が破綻していても、ある程度年功序列のシステムでやっていけてしまう全方位的不幸。気の毒というか、もう全員面倒くさすぎて何も言えない域に逸していたんだろう。もしかしたら本人も、いい加減、こんなに誰にも好かれることのない馬鹿馬鹿しい人生なんてとっととやめて死にたかったのかもしれない。面倒臭すぎて死ねなかっただけで。そこまで行っているとしたら、多少若者になにか言われたくらいで飲酒をやめない理屈も大変よくわかるし、私に対して送られていたように感じた謎のシンパシーも、もしかしたら気のせいじゃなかったのかもしれない。死、OKの人なんてそんなにいなかったはずだから。いや、いたのかもしれない。重ね重ね思う。日本があの時のまま、繁栄も没落もしないまま、ずっと停滞したまま思考停止してボンヤリしたまま永遠にやっていけるんじゃないかって空気を思い出すと、あれに当てられて神経の隅々まで完全に壊死して稼いでは過労死をする、道理がわからないガラクタになるくらいだったら、やはり今でも全然、死、OK。奴はどうだったんだろうか。OKだったんだろうか。その後連絡を取ったりする訳もないから、もう今どうなっているかサッパリわからないが、年齢を考えると実際に死んでいる可能性が高い。その場合、よかったね。やはり何度考えても奴の場合は、死の一点にしか救いがない。あまりにも哀れで悲惨だ。こうなってしまう前に、どこかしらなにかしら、違う選択をできるチャンスはなかったのだろうか。

ここまで人間の形を破滅させてまで得た奴の社会的な人間像は、奴にとってはどの程度の価値があったというのだろうか。わからない。

私が死、以外に気絶しないでいられる活路をなんとか見いだすことができたのも、ただのラッキーでしかなかったのか。それも、わからない。

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