母とわたしと宗教のこと③

私が宗教をやっている母と生活する中で、それっておかしくない?』と違和感を感じる事がいくつかありました。
当時、受験生だった私は志望校格できますようにと、友達に頼んで某神社のお守りをもらった事がありました。
それを母に見つかり、かなり強い口調で叱責されました。
元々母は、自分の意見や正しさを押し通そうとするとき、言葉でまくし立ててる傾向がありました。相手が、わかりました、という言葉や態度で示すまで執拗に言い続ける、もしくは、もう決めたから!という感じで有無を言わせない感じがありました。そのため、母と「話し合う」事や母に「私の意見を言う」という事をした記憶があまりありませんでした。


当時の母の話を要約すると「神社にはよくないものがいるから、勝手にお守りなんてもらうな」 
という内容で、お守りは取り上げられてしまいました。
またあるときは、「なぜ、(宗教の活動や教えに対して)素直にはい、やりますと言えないのか」
と言われたことがありました。
なぜ、良いものを素直に「はい」と受け入れられないのか。子供は純粋で疑いもなく素直に受け入れられるのに、大きくなると、疑う気持ちや迷いが出てよくない、という様な事を言われた事がありました。

宗教の教え、教義に従うという事は信仰している人にっては当たり前の事だと思いますが、母ほど信仰心がない私には納得できない感覚だけが残りました。

何か、他者の考え、異なった意見や価値観を持つ者に対して、寛容ではないというか、視野が狭いというか。

ただ、

自由じゃないな

当時の事を思い出したとき、そう感じました。

自由に自分の意志で選ぶ事ができない。

そう感じました。