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櫻井敦司さんのこと

そのことを知った時、しばらくは妙にふわふわしたような、不思議な気持ちでした。しかし徐々に胸の穴が広がるような気分になって「もう地上におられないんだな」と実感しました。いまだに完全には気持ちの整理ができていません。

(私を含め)日本だけでなく海外の少なくない人にとっても、彼は「繊細でありながら、強く生きていけることを教えてくれた先生にして同志」であり続け、そして月世界に旅立った今も、そうであり続けています。

(4) Getsusekai - YouTube

私自身の櫻井さんとの出会いと彼の魅力について書いていきたいと思います。


(1)暗いコレクションを集めた「秘密基地」バンド

BUCK-TICKというバンドにはまった経緯を私自身、詳しくは思い出せないのですが、中学三年の後半だったかと記憶しています。時代ごとのヒットソングを集めたオムニバスアルバムをレンタルした中に、ヒット曲「悪の華」が収録されていて、それから徐々にはまりだしたような……

最初はアルバム『TABOO』や『悪の華』収録の曲を多く聴いていた記憶があります。トリッキーながらもどこか甘く軽やかなサウンドに、退廃的な単語にまみれた櫻井さんの歌詞(ギターの今井さんの歌詞もユニークで外せませんが)が作品の世界観を方向づけます。それはアンティーク雑貨にまみれた地下の秘密基地のようで、私は強く惹かれました。

(4) Buck-Tick - Sabbat [PV] - YouTube

櫻井さんの抜群のルックスは黒い衣装でもシンプルな恰好でも、金髪でも長い黒髪でも全てが似合い、暗い照明のステージでも存在感が際立ち、秘密基地の帝王のようでした。

(2)退廃すら突き破る不安や絶望の凄みと高い実力

①負の感情を表現する力

高校に入ってしばらくして、(BUCK-TICKの)様々な時代の曲を聴くようになったのですが、そこで櫻井さんの抱えていた不安や絶望に触れます。

アルバム『狂った太陽』以後、地下の秘密基地は崩れ去り、地上に逃げたら、太陽すら落ちて来そうな荒れた世界が広がっていて、不安と絶望で絶叫する……ファンタジー的な言葉選びは残りながらも、より歌詞にストレートな表現が増え、曲の力強さが増す中、ボーカリストとしてのテクニック、歌唱力、表現力が格段に上がっていきます。

ただし、『狂った太陽』以後の流れは1990年代前半からのことで、2010年前後に高校生だった私にとっては、YouTubeや音源、古いインタビュー上での出来事でした。

リアルタイムでは、ギターロックとポップ色が強い『memento mori』(死を忘れるな、の意)が発売され、高校時代にもっとも聴いたアルバムになりました。

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②「普通のこと」をすると分かる高い実力

手癖的に面白い演奏やユニークなリフ、南国的なサウンドアプローチ等、BUCK-TICKだからこそ出せる個性も散りばめられていますが、彼ら自身の他作品に比べたら『memento mori』は「普通の作品」だと思います。

しかし曲のメロディや構成、演奏や歌のレベルはどれも高く、シンプルだからこそ、培われて来た実力が分かりやすく伝わってくるアルバムになっています。

また、アルバム中での櫻井さんの歌詞は激しいものも多く、高い歌唱力で高らかに歌い上げる曲が多い一方で、儚いながらもどこか優しい歌い方をしている曲も多いです。「GALAXY」は後者の代表例でしょうか。

(5) GALAXY | BUCK-TICK | PV - YouTube

不安や絶望を表現した頃から、確実に付けて来た実力を珠玉の「普通の作品」群に昇華する。まだあの頃は平和な時代だったのかもしれません。

(3)「一寸先は闇」な時代こそ繊細なまま輝いた櫻井さん

①B-T再熱!!

大学生になり、そして社会人になり、BUCK-TICKは聴き続けましたが、新曲が出る度にチェックしたり、何かのアルバムに強くはまったりということはありませんでした。

しかし2020年に社会はコロナ禍に突入します。そんな中、アルバム『ABRACADABRA』が発売されます。そして2022年にはウクライナ戦争が起き、情報の濁流が押し寄せる中、2023年春に『異空』が発売されます。

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軽やかな夢が重たい現実を突き破る~BUCK-TICK『異空』感想~|D.K (note.com)

私はこの2枚のアルバムを通して再びBUCK-TICKに熱を上げます。

櫻井さんのファンタジー的な言葉使いや軽やかな歌唱は、彼自身の不安や絶望や、重いサウンドとも、以前よりは調和しているように感じました。(調和していない状態が悪いとは言えません。以前は敢えてそうしているようにも感じましたから)

その調和は、櫻井さん自身がより自然体で生きるようになり、繊細さと優しさを表現するようになったからこそ出て来たのだと思います。

②繊細な人だからこそ世界を直視できるように

櫻井さんを「繊細な人」という面から見始めたのは『ABRACADABRA』を聴くことを通してでしたが、特に意識したのは『異空』発売直後の雑誌『音楽と人』インタビューを通してでした。

暴力が蔓延していた悲惨な家庭環境、母のこと、PTSDとHSP……夜、外を歩いている時に、団地の明かりが付いていない部屋を見ると、勝手に「何か抱えているのかな」と思ってしまうという話もありました。また、戦争と平和に対する強い思いも語られていました。

BUCK-TICKは生死、絶望、不安等について多く歌って来ましたが、2002年の『極東I LOVE YOU』や2018年の『№0』の収録曲等、戦争と平和について歌った作品も前からあり、『異空』が一つの到達点になったと思います。

また『ABDACADABRA』『異空』を通し、家庭やネットの誹謗中傷を含む様々な形態の暴力や、セクシュアリティに関するテーマについても高いレベルで表現されています。一部は櫻井さんが経験したものも含め、繊細な彼を不安にさせ、時に傷付ける世界のあらゆる出来事を直視して描き切る強さが、櫻井さんにはあったのだと思います。

③「秘密基地の雑貨」「ファンタジー」もアイデンティティに

以前は退廃的な現実逃避(逃げ込むための「秘密基地」でしたからそれでよかったのですが)にすら感じられたファンタジー的な言葉使いですが、最近は、「悲惨な現実を直視するために櫻井さんが用意してくれた優しさのオブラート」として機能していたように感じます。

例えば『ABRACADABRA』収録の「MOONLIGHT ESCAPE」は悲惨な家庭環境下で「旅立ってしまう」子供の歌であり、『異空』収録の「さよならシェルター」は戦争の歌です。両者とも曲調も歌詞も悲しい一方で、どこか美しさやファンタジー風味を感じます。

BUCK-TICK 「MOONLIGHT ESCAPE」MUSIC VIDEO - YouTube

直視するのがつらすぎる現実、しかし無関係で済ますべきではない現実。櫻井さんは優しい曲調に優しい歌声でファンタジーを散りばめ、問題に向き合えるようにしてくれたのだと思います。だからといって問題を軽く扱っているようには微塵も感じない。この絶妙なバランスが、櫻井さんとBUCK-TICKの才能と努力の凄さを物語っていると言えるでしょう。

また、以前は退廃的な世界観にマッチしていた櫻井さんのルックスや衣装が、近年ではより(ジェンダーやセクシュアリティを含め)櫻井さんの「こう在りたい」にマッチしてきていたように感じます。

彼の持つあらゆる要素が彼自身の望む方向に、矛盾を抱えながらもまとめられていき、バンドとも調和した『異空』は、残念ながら遺作になってしまいましたが、彼のキャリアと人生にとって、最高傑作と言ってもよかったのかもしれません。

しかし、傑作がどうとか関係無く、生き続けてほしかったな。

(4)最後に

この文章は私にとって特に印象に残った櫻井さんの要素をまとめたものであり、膨大な作品群からしたら取り上げていないものの方が多く、まだ聴けていない曲もたくさんあると思います。

私とは全く違う地点に「秘密基地」を発見し、全く違う作品に不安や絶望を感じとり、はたまた全く違う作品に櫻井さんの自然体の姿を見出す人もきっと多いことでしょう。

そういうことが容易に想像できてしまうことが櫻井さんやBUCK-TICKの凄さであり、世界中のファンが心の中に櫻井さんを宿し続ける力になるのだと思います。

櫻井さん長い間ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。いつか月世界で会いましょう。

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