外山雄三を讃えて①

 きのうのnoteにも書きましたが、私は、外山雄三のファンです。はじめて外山雄三の指揮を聴いたのが、たしか1996年の仙台フィルの東京公演、以来、東京に住んでいた2005年まで、10年間にわたり、年に1回、外山雄三の指揮する演奏会に行っていました。「外山参り」と言っていました。したがって、10年で10回の、外山雄三の演奏会に行ったことになりますが(あの25歳の重い病気をはさんでも、奇跡的に、毎年、行けたと記憶しています)、いずれも、深い感銘、強い印象を受ける演奏会ばかりでした。2006年に引っ越して以来、めったに外山雄三を聴く機会はなく、2008年に1回、2019年に1回の、2回しかありませんが、その20~30年前の記憶をたどりながら、当時の演奏会のようすを書いてみたいと思います。その時期に12年間、学生をしており、数えきれないほどの演奏会を聴いた人間として、その時期の演奏会について書きたいと思います。

 一番よく行った演奏会は、アマチュア・オーケストラの演奏会でしょう。それも、友だちや、先輩や後輩が乗っているという理由で聴きに行ったものがほとんどです。曲目や指揮者では選んでいないものがほとんどです。
 そして、たまにプロのオーケストラも聴きました。東京のプロのオーケストラは、東京シティ・フィルを除いて、すべて生で聴いたことがあると思います(シティ・フィルも、招待されたことがあったんですけどね、学業を優先させたために行けなかった)。外山雄三もいろいろなオーケストラを指揮していましたが、きょうは、ある日(どうしても年月日が検索で出なかった)の、東京文化会館における外山雄三指揮のNHK交響楽団の演奏会について書きたいと思います。

 その前に、いま私はある地方都市に住んでいまして、東京との文化の落差を痛感しているわけですが、東京に住んでいる人には常識で、地方に住んでいる人は意外とご存じないことについて、蛇足のようですが、説明を要すると思って、書かせていただきますね。NHK交響楽団(N響)というのは、日本全国で有名なのです。なぜなら、N響は、NHKの放送オーケストラで、その定期演奏会は、ほぼすべて、ラジオなりテレビなりで、全国に放送されているからなのです。いっぽうで、東京のオーケストラファンは、東京には、たくさんのプロのオーケストラがあることをも知っています。私もいろいろ聴きました。東京都交響楽団(都響)は非常にうまいオーケストラでしたね。東響(東京交響楽団)もよく聴きました。当時、東響の練習場は日本キリスト教婦人矯風会の敷地にあり、矯風会に勤める教会の仲間から招待券をもらって、ときどき聴いていました。マーラーの6番とか(大友直人指揮)、エルガーの「ゲロンティアスの夢」(これも大友直人指揮)など、めずらしいものもいろいろ聴けました。しかし、最もよく聴いた東京のプロオケは、明らかにN響です。それにははっきりした理由があり、まず、N響はよく、NHKホールで定期演奏会をやっており、私は東大数理の学生でしたが、東大数理は駒場にあり、駒場からNHKホール(渋谷)は、歩いてすぐなのです。かつ、チケットがかなり安く(学生は1,500円)、しかも当日に行っても、必ず当日券がある(すいている)。ですから、学校の帰りがけに、ひょいと思いついてNHKホールに寄って、聴いていくことができたのです。安い理由って、ホールのせいだと思います(NHKホールって、たとえば紅白歌合戦もやる、多目的ホールなんですよね。オーケストラ専用ホールじゃない)。そしてもうひとつ、地方に住んでいるとわかりにくいこととして、外山雄三はN響の正指揮者なのに、ほとんどテレビで見ないということがあります。じつは外山雄三は(他のN響の正指揮者もそうかもしれませんが)、今回、私が書こうとしている東京文化会館での演奏会のような、定期演奏会でない演奏会をよく指揮しているのです。そして、そういう演奏会のほうが、ホールもよく、お客の入りもよかったりします。
 (あくまで、20~30年前の話ですからね、すべて。いまの東京の音楽の事情は知りません。)

 というわけで、ある日の東京文化会館での外山雄三指揮N響の演奏会です。プログラムは、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(前橋汀子、ヴァイオリン)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」、アンコールにモーツァルトの「レ・プティ・リアン」より、というふうに記憶しています。25歳の大病よりあとかな。21世紀に入ってからの演奏会かな?

 そもそも、たしか、当日、いきなり行って、当日券がなく(NHKホールでの定期演奏会とは違う!)、往生していたときに、近くにいたおじさんが、チケットが1枚余っていますが、買いませんか?と言ってくれて、その演奏会は聴けたのです。大きなお札しかなくて、売店で買い物(スコア)をしたことを覚えています。それでも定期演奏会より高かったですよ。そのおじさんの隣の席で聴きました。そのおじさんには感謝です。

 1曲目のベートーヴェンの「アテネの廃墟」序曲については、あまり印象が残っていません。外山雄三は、日本のオーケストラ曲をプログラムに入れることが多いので、それが入っていないのが珍しいなあ、と思ったことを思い出すくらいです。

 2曲目、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ソロは前橋汀子(まえはし・ていこ)。これは、すばらしかったです。前橋汀子がすばらしいという評判は聞いていましたし、かなりのファンがいることも知っていました。しかし、ここまでとは!典型的に、「芸」で聴かせる人でした。技術的にヴァイオリンがもっとうまい人なら、オーケストラの中にもいたのではないか、とさえ思いましたが、ソリストとしての芸の格の高さは、すごいものがありました。「聴かせる芸」を持った人なのです。カデンツァでは、オーケストラのメンバーも、食い入るように前橋のソロを聴いていました。第3楽章など、もし冷静に聴いたら、かなり遅いテンポだったのかもしれませんが、それすら感じられませんでした。「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲って、こんなにいい曲だったの?」(当たり前なんですけど)と思うほどでした。私はストコフスキーマニアでもありますが、前橋のカーネギーホール・デビューは、ストコフスキーとの共演だということも知っており、その録音も聴いたことがあります(パガニーニの協奏曲第1番、ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団)。しかし、その若いころの録音では、ここまでの個性はまだ発揮されていないようでした。(オランダのあるストコフスキーマニアの友人から、「マエハシって日本では有名なの?」というメールをもらったことがあり、それくらい、国際的にはあまり有名ではないヴァイオリニストなんですかねえ。)それ以来、前橋の演奏は、CD等も含めて、聴いていませんが、すばらしかったです。あの、漫才の「いくよくるよ」のくるよさんのような(すみません、お笑いも最近、ぜんぜん見ていないので、いくよくるよが今どうしているか、まったく知りません)、クラシック音楽での女性ソリストの「派手」な衣装が、あれほど意味を持って感じられたときは、後にも先にもありません。前橋は、演奏が終わったあと、笑顔で聴衆にお辞儀をしながら、口は「ありがとうございました」と言っているようでした。ほんとうにそういう気持ちの伝わる演奏でした。すばらしい体験でした。

 休憩をはさんで、後半は、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。外山雄三の緻密な音楽づくりが光っていましたが、非常に印象に残った点を、ひとつだけ、挙げます。それは、この曲のラストです。この曲は、第4楽章の最後で、突然、長調になって終わるのですが、どうやら、この「コーダ」が、「指揮者泣かせ」らしいのですね。外山雄三のこの曲のラストは、段階的にテンポが上がっていく、独特なもので、ユニークながら、非常に説得力のあるものでした。しかし、当時の外山雄三のブログを読むと(いま、それはないと思います)、練習の段階でも解釈を途中で変えたりして、オーケストラに負担をかけた、と反省している模様でした。外山雄三にして、そういうことがあるのですから!
 この「スコットランド」のコーダ、多くの指揮者はどうしているのか。生でこの曲を聴いた経験は、この演奏会を除くと、三石精一指揮の東大オケくらいしかないと思いますが(しかし複数回、聴いています)、三石先生の指揮では、このコーダは、とてつもない速いテンポで、駆け抜けていくような演奏でした。それはそれでありでしょう。CDやYouTubeなどで聴いたさまざまな演奏では、たとえばストコフスキーは、例の自由なテンポ感のなか、最後の最後だけ、ちょっと速めて終わるような感じでした。ペーター・マークも、それに似ていました(マドリード交響楽団)。カラヤンは、速めのインテンポに近く終わらせるもので、三石精一の路線で、三石ほど極端ではないものでした。アバドは、うまく不自然にならないように、じょうずにまとめていました。逆にクレンペラーは、極端に遅いテンポで一貫させるというすごい手を使っていました。しかもクレンペラーには、なんとこのコーダがぜんぜん違っていて、自分の作曲したコーダを付け加えている演奏もあるくらいです。それくらい、このコーダ、指揮者泣かせであると考えられます。
 アンコールの「レ・プティ・リアン」は、あまり印象に残っていません。しかし、全体として、極めて満足のいく演奏会でした。

 外山雄三の音源は、自作を含む日本のオーケストラ曲を除くと、極めて少ないです。しかし、きのう、あのあと、なんとなくnoteで、「外山雄三」で検索したら、あるかたの記事がヒットし、なんと外山雄三指揮、大阪交響楽団の演奏で、チャイコフスキーの交響曲第4、5、6番、チャイコフスキーの「ロミオとジュリエット」、ボロディンの「だったん人の踊り」、ムソルグスキーの「はげ山の一夜」、そして、ベートーヴェン交響曲全集(!)のCDが出ていることを知りました。かつてなら、考えられなかったことです。タワーレコード渋谷店のかたのnoteのようでした。(タワーレコード渋谷店さんにはお世話になりました。上述の通り、渋谷はとても近い町だったのです。)その記事を埋め込むことができず、すみません。リンクのはりかたがわからないのです。おゆるしを。どの曲も、外山雄三の指揮で聴いたことがないぞ!聴きたい!しかし、高い!どうしよう!

 以上です!

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