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星とともに去りぬ

店長「ごめん......ぼくには、どちらも選ぶ権利がない。ジムカを見捨てて、自分の心の隙間をアイリーンで埋めようとした僕に、誰かを幸せにすることなんて出来ない!!」

辺り一帯を静寂が包み込む。その間も桜は散り、地面を赤色に染めていく音だけが残る。

店長「本当は気付いて居たんだ。アイリーンは、ジムカのかわりだったんだって。でも、怖かった。怖かったんだ。アイリーンを利用してしまう自分の本性が、醜くて、怖くて、受け入れられなかった。それでも、アイリーンは僕に優しくしてくれていた。だから、甘えていたんだ!!」

刻々と吐き出される言葉に、アイリーンは表情を強ばらせる。頬を伝っていたはずの涙は、もう涸れきっていた。

店長「分かっただろう。ぼくに、誰かを幸せにする権利なんて無いんだ。だから、もう、関わらないでくれ。話しかけないでくれ!!」

そうして、砂場で足を擦りむいた子供のように、地面にへたりこみ、泣き出してしまった。
桜の音色は、それでもリズムを崩さずに、地面を染め上げる。
その上から、大粒の涙がしとり、しとりと地面を汚し、段々とどす黒い色に変わる。
惨めだ。惨めだ。
すると、桜の海を引き裂く風が吹いた。

ジムカは、そっと、店長を後ろから抱きしめた。

ジムカ「ごめんなさい。私は、何も覚えていないのだけれども、それでも、辛い想いをしている貴方を見ていると、私の心も傷んでしまうの」

彼は、なんだかもっと悲しくなってしまって、ついには声を出して泣いてしまった。
アイリーンは地面と接着剤で固められてしまったように動けないでいる。

ジムカ「知っていますか。"与えるのが、女の役割であるというのなら、その泉が涸れてしまわないよう、女もまた満たされなければならない"」

彼は、ぐしゃぐしゃになった顔を、何とかあげる。一体ジムカは何を伝えようとしてくれているのだろうか。

ジムカ「今のあなたは、その女の人のようです。泣いても泣いても、自分すらも慰めきれなくて、ついには、慰めるための涙で、自分の心を傷つけてしまっている。私は、あなたの事を忘れてしまいましたが、それでも、今感じるこの傷みは、確かにここにあります」

アイリーン「ジムカ...」

ジムカ「だから向き合え!! 私もそこの子も、あなたから幸せにされるなんて思っていない! 
自分の我儘で、人を幸せに出来るなんて、思い上がりもいい所です!」

更に泣き出した。泣いて、泣いて、泣いて。
それでも、涙は涸れることが無かった。
2人が居てくれるから。
アイリーンとジムカが、そこで見ていてくれるから、彼は涙を流せているのだと。

やがて、赤くなった目尻をそっと拭くと、店長はそっと立ち上がる。

店長「ごめん。2人には、沢山迷惑をかけたね。
今から、ちゃんと向き合うよ。
僕は、アイリーンの事が好きだ。
それは、遊園地に行った時、元気にはしゃぐ彼女の姿に救われたからだ。
僕は、ジムカの事が好きだ。
それは、へこたれている時に、いつも僕の尻を叩いてくれるからだ」

店長「でも、ジムカは僕のことも、自分のことも忘れてしまった。僕は、そんなジムカに向き合うのが怖かった。支えて行けるか分からなかった。
でも、今こうして向き合うと、たとえ記憶を失っても、ジムカはジムカのままだった」

店長「だから、ジムカも好きだ。でも、アイリーンと過した日々も、僕にとっては宝物だった!アイリーンの事も好きになってしまった!
たしかに、僕に誰かを幸せに出来るだけの力なんて無いかもしれない。それでも、大切な日々を抱えながら、これからも一緒に過ごしていくことは出来るはずなんだ!」

その時、ジムカの中にふとある光景がよみがえる。

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私は、これから記憶を失います。先天性の病です。きっと私は、あなたとの日々も忘れてしまうのでしょう。
だから、あなたは幸せになって下さい。
悲しくなんて、思っていません。
決まっていたことなんですから、それを受け入れられないなんて、全く本当にあなたって人は子供ですね
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ジムカ「その時わたしは、浜辺と同じように、どこまでも続く空っぽなものになった。」

アイリーン「ジムカ! 記憶が!」

ジムカ「ごめんなさい。ふと、浮かんできたの。砂浜で、歩いた記憶。アイリーンと、店長と、わたし」

アイリーンは、2人の手を掴む。

アイリーン「ごめんなさい。わたし、とんでもない間違いをしてしまっていた。人は、1人の人間だけを愛するものだと思っていたけども、そんな事ない。いいえ、そんなもの、クソッタレだった!」

アイリーン「ジムカ、ごめんなさい! 私、あなたから逃げていました。店長と同じで、辛かった。だから、これから一緒に歩んでいきましょう。また、私と友達になってくれますか?」

ジムカ「勿論です。あなたとは、とても気が合いそうだなと思っていました」

アイリーンは笑い、ジムカも笑った。

彼は、そこに手を差し出す。

店長「さぁ、帰ろう。皆が待っている」

アイリーン「はい!」

ジムカ「もう、本当にどうしようもない2人ですね」

3人は、そうして去っていった。


2人と手を繋ぎなら、僕が空を見上げてみると、
桜の木の上には、かつて3人で歩いた砂浜のように、キラキラとたくさんの星々が光っていた。
僕の手の中には、2つの指輪が握りしめられている。



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