見出し画像

懲りない家族、命長ければ辱多し


 
登場人物
 
語りの男 語り口
 
坂木屋清兵衛  古着屋亭主
 
富沢屋甚卯衛門 富沢町古着問屋富沢屋主
 
清兵衛の女房 お隅
 
清兵衛の母  ヨネ
 
 
 
 
  暗転の中、太鼓が響く。音終わりで析頭。同時に舞台中央上手よりにスポット点灯。紋付袴の語りの男が浮ぶ。
 
男    本日はお越しくださりましてありがとうございます。今よりちょっとした寸劇みたいなものをさせていただこうかと思います。寸劇と申しましても二十分くらいありますので何卒気楽にお付き合いください。芝居の外題は「懲りない家族、命長ければ辱多し」と申しまして「詐欺」を題材にした時代劇でございます。詐欺の語源は鳥の鷺ではございません、白兎が鮫をだまして向こう岸まで渡る古事記の話、因幡の白兎のさぎが語源で、詐欺は白兎のように騙すことの意味で古くから使われました。現在は色んな詐欺が横行してます。オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金詐欺等の振り込め詐欺に加えて、金融商品等取引詐欺、ギャンブル必勝法情報提供詐欺、交際あっせん詐欺など、手を変え品を変え巧妙化して被害が後を絶ちません。ピンポン詐欺というものございます。これは一人暮らしの老人がよく狙われます。ピンポンとインターホンを鳴らして「ごめんください」と知らない業者が尋ねてくる。言葉巧みに騙されて何かを買ったり申し込んだりすると、後からリフォームやら終活やら次から次と別の業者がやってきてお金をむしり取る。お金がなくなると高齢者にリバースモーゲージを提案する。つまり家を担保に月々お金を工面し、亡くなると家を奪い取り荒稼ぎするまとこに卑劣な手口です。
 江戸時代もやはり詐欺はございました。スケールの大きなものは将軍吉宗の御落胤と称して天下を騙した天一坊。この男は偽者ながら吉宗公と対面まで果たしました。坂本龍馬は海援隊の「いろは丸」と紀州藩軍艦「明光丸」が衝突して沈没したとき、いろは丸は銃や金塊が積んであったと嘘をついて三万両、今の価値で15億前後の金を紀州藩から騙し取った。庶民の話をいたしますと、関係のない建物の関係者を装って相手を信用させ金品を預かりいなくなる籠抜け詐欺。見た見た詐欺というのもございました。買い物をしていた客が、用足しにいくから風呂敷包み預かれと店の者に渡します。戻ってきた客は風呂敷の中を見ただろうと因縁をつける。見てないと答えると、客は風呂敷の中から人形を取り出す。すると人形の腹に仕込んだ笛が「見た、見た」と聞こえる音をだして店の者を驚かす。「人形はキリシタンの御神体だ、供養しなければ祟りが及ぶぞ」と脅して金子を騙し取る詐欺が流行ったとか。今ならこんなやり口は誰も信じませんが、当時は信じたそうです。昔から現在に至るまで詐欺の手口は様々でございますか、相手を信用させて騙すところは変わらない。ここを見破るか見破らないかが、詐欺に引っかからない肝心要でございましょうや……。
 ここにも詐欺の被害者が。……時は元禄15年、江戸は日陰町で古着屋をいとなむ坂木屋清兵衛、女房のお隅、清兵衛の母ヨネなるものがおりました。桜が咲きほこる弥生三月、夕闇の帳が軒下に垂れ、時の鐘が暮れ六つを告げる。それに混じって遠くに桜草売りの呼び声が聞こえている春の夕暮れ。清兵衛が店の軒先に並べた古着の山を片付けて店じまいを始めますと、中から清兵衛の母ヨネが出てまいました。
 
  舞台照明が入り、ヨネが出てくる。
 
男    いつもなら地味な一重の襟元に手拭をかけた長屋のご隠居さん風情のヨネでございますが、今日は青磁色に竹の地紋の着物をきて、唇には紅を引いて現れたから倅の清兵衛はちょいと驚いた。
 
清兵衛  おふくろ、何でぇその姿。そんな形をしてこんな時分からどこへ行こうっていうんだ。芝居見物ならもう終わってるぞ。
ヨネ   ちがうよ。
清兵衛  それじゃ寄り合いでもあるのか?
ヨネ   ないよ。
清兵衛  ないよって、おふくろ、やけにいそいそしてるな。あッ、まさかいい歳して男でもこさえたか。年寄りの冷や水ならよしてくれよ。
ヨネ   わたしがどこへ行こうと誰と会おうが、おまえにとやかくいわれたくないね。放っておいてくれよ。
清兵衛  日が暮れてから年寄りが出かけようとしてるんだ、心配するのが倅のつとめだろう。それにさ、いま着てるのは店の品物、商品だろう。染みでもついちゃ値が下がる。着替えてくれ。
ヨネ   ああ煩い。綺麗に返しゃ文句ないだろう。
清兵衛  馬鹿をいうな。価値が下がるから脱いでくれ。
ヨネ   あたしゃこれを着ていくと決めたんだ。
清兵衛  駄目だ。
ヨネ   嫌だ。
 
男    と、二人は少し言いあいました。
 
清兵衛  おふくろ、小娘みたいな駄々をこねるなよ。
ヨネ   女はいつくになっても娘に戻れるんだよ。あんたみたいなとんちきにはわからないだろうけどね。
清兵衛  倅になんて事をいいやがる。……やい、おふくろ。むすめはむすめでも古い娘と書いて古娘だろう。
ヨネ   やかましい。
 
男    とヨネはお店を出て行きました。表に出たとき軒提灯に照らされたヨネの垂れ下がった頬が妙に艶やかで、鬢のほつれを気にして指でかきあげた仕草が歳に似合わず、やけに色っぽく見えたものだから清兵衛は目を丸くした。
 
清兵衛  なんだあれは。嫌なものをみちまったな。
 
清兵衛の女房、お隅が現れる。
 
お隅   どうしたんだぇおまえさん、大きな声でさ。ご近所に迷惑だろう。
清兵衛  それがよぉ、今しがたおふくろが着飾って出かけて行きやがった。こんな時分から催し物や行事があるわけねえし、何だろうな。
お隅   お母さん、いい人でも出来ましたかね。近頃心ここにあらずみたいでしたから。
清兵衛  えッ、そうなのか。俺もまさかとは思ったが、一応釘をさすつもりで、年寄りの冷や水はよしておくれって。ああ、だから怒ったのか。
お隅   馬鹿だねぇ。
清兵衛  馬鹿とはなんでぇ、あの歳でやや子でもこさえたら大変だろう。俺と二十八歳離れたやや子なら、世間から見たら俺の子に見えらぁな。
お隅   はあ?……。
清兵衛  まずいな。
お隅   本当にとんちきだね。そんな事あるわけないだろう。
清兵衛  ないか。でもよ、相手が俺やお隅より年下だったら、俺たちはそいつの事を自分より年下のお父っあん、なんて呼ぶのか、嫌だろう。
お隅   それもないよ。
清兵衛  なぜそういいきれる。
お隅   おまえさん、自分の母親をなんだと思っているんだ。お母さんはおまえさんに迷惑をかけるマネはしませんよ。もしいい人がいるなら、それは楽しんでおられるだけです。女はいくつになっても恋したい。肌艶もよくなり綺麗になる、気持ちが明るくなります。それを咎めるなんて真似は野暮ですよ。
清兵衛  するってえとお袋は枯れ木に花が咲いたわけか。
お隅   何をいってるんだかねぇこの人は。
清兵衛  ともかくこうしちゃいられねぇ。
お隅   ちょいとおまえさんまでどこに行くんだ。
清兵衛  後を追いかけて、花咲じじいをこの眼で確かめるんでぇ。
お隅   それを野暮というんだよ。
清兵衛  おまえのおふくろはいい歳して男をこさえたぞ、なんて他人様からいわれて初めて知るのは辱っかきだ。それによ、命長ければ辱多し。おふくろが泣きをみる前に、相手がどんな野郎か倅の俺が鑑定する。
お隅   おまえさん、まだそうと決まったわけじゃ……ああ、もう行っちまったよ、仕方がないねぇ。なにが命長ければ辱多しだよ。歳をとったら恋をしちゃいけないのかい。女は死ぬまで恋するんだよ。この野暮天亭主ッ……さあ、わたしも出かけましょう。
 
男    お隅もいそいそといなくなりました。。野暮天亭主といわれた事など露ほども知らない残念な清兵衛はヨネのあとを追いかけました。足の遅いヨネですから清兵衛はすぐに追いつくと思っていましたが、日影町は東海道から一筋だけ離れた町でこざいます。それなりに人通りがあるうえに、もうどっぷりと春の日は暮れております。軒の提灯は人々の陰影を浮べるばかりで誰が誰だか……。結局清兵衛はヨネを見つけることは出来きずに戻ってまいりました。
 
清兵衛  ちくしょう、見失った。どこに行きやがったおふくろは。……お隅、戻ったよ……どこかの茶屋へ行ったかなぁ。それともいい所にしけこんだか。だったら嫌な心持だねぇ、倅の俺は今後どんな顔をすればいいんだよ。……お隅。
 
  お隅の返事はない。
 
清兵衛  お隅、おい……。あれ、居ねぇのか。どこに行きやがったんだ。まいったなぁ、こんな話は女房以外に出来ゃしねぇっていうのによ。そりゃ俺だっておふくろには幸せになってほしいよ。でも何だかなぁ、ああ~あぁ……。独り言をいってもしょうがねぇや。……出がけにお隅の野郎が、まだ決まったわけじゃないといってたけど、確かにそうだよなぁ……。うん、考えたって仕方ねぇ。ともかく戻ってきたら問い詰めよう。
 
男    と、まぁこんな感じでこの野暮で残念な清兵衛は、自分のおふくろが色恋沙汰をしているくらいの考えしかうかびません。ですから、まさか母親がいま現在詐欺にあってるとはお釈迦様でも気がつくめぇ、という状況でございました。
 
清兵衛  遅いなぁ二人とも、腹へったなぁ。
 
男    それから一時半ほど待ちましたがヨネもお隅も戻ってこない。飯も食わずに待っていた清兵衛は、売り上げの計算をしていないのをハタと思い出して、彼は帳面と金箱を取り出しました。
 
清兵衛  あれ、軽い。
 
男    今年からの売り上げが金箱に入っているはずなのにその手ごたえがまるでない。清兵衛は慌てて金箱を開けると、あるはずの金子三十両が消えていたから驚いた。
 
清兵衛  ない、ないないないななない。なくなってる。どうしたんだ、どこへやった。落ち着け、冷静になれッ。別なところに仕舞ったかぁ。いやそんなハズないぞ。……やばい、やばい。ああッ、まさか盗人が入った。なんにしても拙いぞ、ちくしょうッ。
 
男    と、そこにヨネが戻ってきました。。
 
ヨネ   ……なにやってるのさ。
清兵衛  おふくろ、大変だ。店の売り上げがごっそり消えたッ。
ヨネ   あら、そう……。
清兵衛  あらそうって事はないだろう。とにかく一緒にさがしてくれ。見あたらなきゃ盗まれたに違いねぇ。
ヨネ   鍵をかけてしっかり管理してないからなくなっちまうんだ。清兵衛や、おまえが悪いんだからね。
清兵衛  お叱りはあとで受けるから、とにかくさがしてくれ。
ヨネ   ここにはないんじゃ……。
清兵衛  どうして。……あれ、おふくろ、まさか金がどこにあるか知ってるのか。
ヨネ   し、知るもんか。
 
  ヨネ、あからさまに眼を逸らす。
 
清兵衛  おふくろ、おまえは嘘をつくと眼を逸らす癖があるよな。
ヨネ   ないよ、そんな癖。
清兵衛  あるんだよ。金の行方を知ってるな。
ヨネ   しらない。
清兵衛  知ってる。
ヨネ   しらない。
清兵衛  知ってる。
ヨネ   しらない。
清兵衛  しらない。
ヨネ   知ってる。
清兵衛  ほら、やっぱり知ってるじゃないか。どこにやったッ。
ヨネ   わたしゃ何にもしらないし、覚えもありゃしないよ。
清兵衛  色惚けがこうじて本当に惚けたかぁ、正直に白状しろぃ。
ヨネ   親を捕まえてなんだその言い草は。
清兵衛  やかましいやぃ。大事な売り上げをどうした。まさか使ったとはいわねぇよなぁ。
 
  ヨネ、横を向く。
 
清兵衛  あらら。この野郎。いいかげんにしろよ。
 
  お隅が戻ってくる。
 
お隅   大きな声を出して近所迷惑だよ、どうしたんだぇ。
清兵衛  お隅、もどってきたか。聞いてくれ、かくかくしかじかこういうことで、おふくろが店の売り上げを盗みやがった。
お隅   かくかくしかじかはいらないよ。何だって、お母さんが盗んだ。へぇ、そう、だから少なかったのか。
清兵衛  えッ?、なんだ少なかったってのは。
お隅   いやだから、少ないうちの売り上げをねぇ。そいつはいけないねぇ。で、どうするの。まさか御恐れながらとお奉行所に訴え出るの?自分のおふくろを。おまえさん、それはやめたほうがいいよ。だっておまえさんの辱になるだけだから。
ヨネ   そうだよぉ。
清兵衛  こら、おふくろがいうな。いいかよく聞けよ。いまお隅は少ない売り上げといったが、去年の暮れに古着屋の仲間組合に入ったおかげで、年明けからの売り上げは三十両。そりゃ大商いじゃねぇから他所と比べれば少ないかもしれねぇが、それでも去年より格段にいい。それはお隅も承知だろう。
お隅   それはわかっているよ。
ヨネ   ちょっと待っておくれ、わたしゃ三十両も使ってないよ。
清兵衛  情けねぇなおふくろさんよ。こいつは組合に入り富沢町の問屋からいい古着を仕入れられるようになったからだ。それがすっぱりときれいに使われちゃよぉ、仕入れた古着の支払いが出来ねぇだろうが。やい、何に使ったんだ、ここら辺りが観念のしどころだ、正直に白状しやがれ。
ヨネ   親に偉そうに。育ててもらった恩を忘れたのか。
清兵衛  なんだとぉ、もう頭にきた。
ヨネ   わたしは病のおまえを抱いて何度も医者のところへ走った。あんたは身体が弱かったから苦労したんだよ。
清兵衛  それは親の務めだろう。
ヨネ   無理して寺子屋にいかせてやったのを忘れたのかい。
清兵衛  残念ながら忘れちまった。お隅、おまえも汗水流して働いた銭を勝手に使われたんだ。愚痴の一つでもいってやれ。
お隅   わたしはよしておくよ。
清兵衛  あれれ、こんな場合は愚痴の一つもこぼしてよぉ、それから女同士、話づらい事でしたらわたしに聞かせてくださいって、そうするのが上等だろうが。
お隅   出来ませんよ、そんな事。
清兵衛  なんでだよ……。
 
男    お隅にもヨネにもそっぽを向かれてこれ以上話が進展いたしません。思案にくれておりますと、そこに現れて、大岡越前か遠山の金さんのような名裁きをしたのは、富沢町で古着問屋を営む大戸屋甚卯衛門。このお人は古着屋仲間組合の組頭をいたしております立派な人物でございますが、甚卯衛門のご先祖は鳶沢甚内という大泥棒でございました。この甚内が改心して古着商を始めた町が鳶沢町、のちに日本橋富沢町と呼ばれました。まあ、そんな大人物がわざわざ小商いの清兵衛を尋ねてきたのにはわけがありました。
 
甚卯衛門 本日お奉行様から呼び出され、何でも巷で「オレオレ詐欺」と「交際斡旋詐欺」というのが流行っている。引っかかると財産を奪われ、挙句は家財着物に至るまで騙し取られる。騙し取られた着物は古着として富沢町に出回るかもしれない。用心して見張り、なにかあれば知らせろとのお言葉だ。だからわたしは組合人を回っている。しかし、清兵衛店はいまはそれどころじゃないようだね。組合人の揉め事を納めるのもわたしの仕事。清兵衛さん、ここはわたしに任せてどうか引っ込んでいてくださいな。……それでご母堂さん、どうしてお店のお金を使い込んだのです。わたしがこうして出っ張ったんだ。包み隠さず正直に話しておくれ。
ヨネ   お奉行様に申し上げます。
甚卯衛門 ……じゃないですね。
ヨネ   そう思わないとお話がし辛ろうございます。
甚卯衛門 わかりました。話しやすいようにしてください。
ヨネ   ではお聞きください。一月ほど前でございました。嫁のお隅と一緒に日比谷大神宮に願い文を納めにまいりました。すると願い事が叶ったのでございます。
甚卯衛門 どんな願いだ。
ヨネ   昔の彼氏に会いたいなぁって。
甚卯衛門 はぁ。
ヨネ   願い文にそう書いて奉納したら、本当に会う事が出来たんでございます。ある晩暗がりで「ヨネさん」と声をかけられて、わたしは目が悪うございますから、誰ですかぇと尋ねたら、オレだオレだと。
甚卯衛門 ん、え、ええ。
ヨネ   まさか、もう一度会いたい見たいと願った大工の定吉さんですかとたずねたら、そうだと。やれ嬉や願いが叶った。これは神様のお導き。私はたいそう喜びました。ところが定吉さんはうかない様子。どうしたのと尋ねたら、仕事先から預かった大事な金をなくした。もう首を括るしかないが、この世の名残にヨネさんに会いたかったって。そういうんですよぉ。
甚卯衛門 うれしそうですね。
ヨネ   そりゃもう。
甚卯衛門 ひよっとして定吉さんがなくした金を、あなたが用立てたのでしょうか。
ヨネ   ……はい。死なれちゃ嫌だし、お金は必ず返すといいましたから、先ほど渡していまりました。ですからお代官様。
お隅   お母さん、お奉行様でしょう。
ヨネ   そうだった。お奉行様、お金は盗んだのではありません、少しの間借りただけ。もどってまいります。
甚卯衛門 なるほど。で、会ったのはまちがいなく定吉さんなんだね。
ヨネ   間違いありません。
甚卯衛門 しかし顔を見てないだろう。
ヨネ   向うからわたしの名前を呼んだから。
甚卯衛門 向うからか……。
ヨネ   はい。それからわたしが持ち出したのは三十両じゃございません。二十両でございます。
甚卯衛門 ふむ、なくなったのは三十両のはずだが……これおかみさん。
お隅   は、はい。
甚卯衛門 おまえさんも願掛けに行ったね。何を御願いしなすった。
お隅   え、いやぁ、わたしは付き合いで行っただけですからたいしたことは、う~ん、なんだったかなぁ……。
甚卯衛門 残りの十両を持っていったのはおまえさんだね。
お隅   あらまぁ。
甚卯衛門 相違あるまい。
お隅   お奉行様、おみそれいたしました。
甚卯衛門 ありていに申してみよ。
お隅   ばれちゃ仕方ありません、こうなりゃすべてお話いたします。わたしは素敵な男が欲しいと願掛けをいたしました。するとどうでしょう、見事に叶ったのでございますよ。とても嬉しゅうございましたぁ。
ヨネ   なるほどね、最近肌つやがいいのはそのおかげか。
お隅   そうなんです。
甚卯衛門 こりゃ呆れた。(後ろに座る清兵衛に)……清兵衛さんどうしたんだ。なに、それじゃ俺のほかに男がいたのかって、まぁ、そういうことになるね。裏切りやがったなって、まぁ、落ち着きなさい。泣かなくてもいいだろう、女は幾つになってもそういうものだから。
女二人  うん。さすが組頭さん。
甚卯衛門 女二人で頷いたよ、こわいねぇ。で、それから。
お隅   上野の某出会い茶屋に登録するといい男を無料で紹介してくれるんです。それで知り合いましてね。それからちょくちょくと。
甚卯衛門 あれ、あらららら。
お隅   それが不思議なんですが、私も同じでしてねぇ。紹介してもらったその人が、仕事先から預かった大事なお金をなくしたから貸して欲しいといいました。可愛そうになりましてね、今しがた十両を渡してきたところなんです。
甚卯衛門 どこで渡したんだ。
お隅   神田の船宿です。
ヨネ   おや、わたしも神田に行ったんだよ。近くにいたんだね。
お隅   偶然ってすごいですね。
甚卯衛門 おかみさん、もしかして、ご母堂さんが昔の男に会いたがっている事を、その男に話さなかったかい。
お隅   話したかなぁ、いわれてみればそんな気がするような……。
甚卯衛門 どっちだ。
お隅   あ、はい、話しました。
甚卯衛門 ふむ……。さっするところ、二人とも騙されてませんか。
お隅   え、誰がです。わたしたちがですか。冗談じゃありませんよ、わたしは騙されたりしませんから。
ヨネ   わたしだって絶対に騙されませんよ。
甚卯衛門 しかし、おかしいと思いませんか。いっちゃなんですが、わたしがお奉行様に聞いた「オレオレ詐欺」と「交際斡旋詐欺」そのままです。
ヨネ   たまたまですよ。
お隅   偶然です。ねぇお母さん。
ヨネ   わたしたちに限ってそのような事はございません。
甚卯衛門 そうですか。それから二人とも、色んな理由をつけてまだ金銭を要求させてませんか。
お隅   あら凄い、さすがお奉行様、されてます。
ヨネ   偶然だね、わたしもだよ。
甚卯衛門 駄目だな、これは……。
ヨネ   え、なんですか。
甚卯衛門 いや。それじゃ二人ともわたしのいう通りにしておくれ。つぎにお金を渡すとき、今はお金がないからとお店の古着を渡して、その古着を富沢町の古着商に持ち込めばいい金になると伝えるんだ。わかったかい二人とも。
お隅   しかし。
ヨネ   それじゃぁ……ねぇ。
甚卯衛門 きっとそうしておくれ。現実問題もうこの屋にお金はないだろう。
 
  ヨネとお隅は顔を見合わせ、
 
二人   ですね、はい。
 
男    二人が承知したので甚卯衛門は帰って行きました。あとに残ったのは気まずい雰囲気ばかりでございます。清兵衛は腹がたってしかたがないが、とうの本人たちは口をきこうとしない。堪忍袋が切れた清兵衛は、お隅に三行半を突きつけてやろうと、すらすらっと筆を走らせました。しかし最後のくだりで間違えて、お隅でなくヨネと書き損じる切歯扼腕。母親に三行半は出せませんから破り捨てて「ちくしょッ」と、日影町に負け犬の遠吠えが響く始末でございます。後日いわれた通りヨネとお隅は男に古着を渡したところ、翌日、渡した古着を売るため富沢町の古着問屋に男が現れて御用になりました。男は神田の船宿を根城にした詐欺一味の一人。一党は芋づる式にあげられて一件落着。さて、それを聞いた清兵衛店のご一同はといいますと……。
 
お隅   おまえさん、よかったね、お金がもどってきてさ。
ヨネ   まったくだよ、ねぇ。
お隅   どうしたんだい浮かない顔をしてさぁ。あッ、まさかまだうじうじと根に持っているんじゃないでしょうね。
ヨネ   いやだねぇ。
清兵衛  うるせぇ、俺はもう女が信じられなくなったんだ。
お隅   おまえさん勘違いしないでおくれよ。わたしとその男はただの茶飲み仲間。わたしがおまえさんを裏切るハズないだろう。
ヨネ   あら偶然、わたしも茶飲み仲間でしたよ。
清兵衛  開いた口が、ふ、ふさがらねぇや。ああもう聞きたくない。いいか二人とも、今後二度とこんな事がねぇように、十二分に気をつけろ。
お隅   わかってますよ、もう騙されませんから。お母さんもそうですよね。
ヨネ   はい、その通りもう騙されません。……ところでお隅さん、たまたま知り合った差札さんにすすめられたんだけれど、米相場に一口乗ると必ず儲かるっていうんだ。ねえ、あんたも乗らないかい。
お隅   いいですね、これからは色気じゃなくてお金儲けです。ちょいとおまえさん、お金が戻ってきたんだからやってみないか。
清兵衛  はぁ、それ本当に儲かるのか。
ヨネ   絶対に儲かるってさ。
清兵衛  ……なら、やってみるか。
 
男    懲りない家族、命長ければ辱多し。終わりでございます。
 
  析頭。
  音楽盛り上がりよろしくキザミ入り、暗転。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?