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安易にワイヤーアクション演出を選択する愚

今回は、作り手の無邪気なエゴが作品や商品に悪影響を与えることがあるというテーマの記事になります。
映像演出が題材にした話なりますが、他分野でも起こりうる問題でもあるかと思います。

さて、タイトルにもあります、ワイヤーアクションという映像演出技法をご存知でしょうか。
その名の通り、演者の体にワイヤーを括り付けて、一気に引っ張り上げることで、ビヨーン!と大ジャンプさせる演出のことです古くは香港のカンフー映画から発展した技法で、現在まで細々と生き延びている演出技法です。
例えば、カンフーの達人が「気」を練って、その打撃を受けた敵が尋常ならざる勢いでぶっ飛ばされるアレです。
人が物理法則を無視した勢いで不自然にぶっ飛んでいくので、受け手は「ああ、すげぇ能力を持った達人なんだな」という印象を受ける訳です。
つまり、現実世界ではあり得ない動きでぶっ飛ばされることで、現実世界ではあり得ないくらいの達人を表現しているのですね。
ワイヤーアクションはCGや特撮技術が発展する前に、当時の映画制作者達の工夫によって生み出された手法であり、古いカンフー映画では乱用と言ってもいいレベルでよく見る演出技法です。
CGの発展により、こういう力技の技術は減ってきましたが、技術としてそそられるものはありますよね。

近年の映画で、このワイヤーアクションを上手に使用したのはゼログラビティという映画で、このワイヤーアクション演出により無重力を表現しました。これは枯れた技術の水平思考の典型であり、素晴らしい演出表現だと思います。

で、タイトルのワイヤーアクションを選択する愚とは具体的に何かということですが、一言で言えば、ワイヤーアクションである必然性のないアクションシーンでの使用がそれにあたります。
特に邦画でよく見られるのですが、喧嘩自慢レベルの強さのキャラが相手を殴った時に、不自然にビョーンと相手がワイヤーで飛んでいくシーンがあります。これがギャグではなく、シリアスなアクションシーンでもそう言った演出を目にすることがあります。
これが私は大嫌いです。単純に違和感でしかない。ワイヤーアクション 苦手 でググったら、同じ意見をたくさん見つけられます。
そして、こんなに評判の悪いワイヤーアクションですが、何故未だに採用され続けているのでしょうか。
ちょっと解説します。

古くは香港カンフー映画から発展したワイヤーアクションですが、CG演出の発展により採用頻度は減っていって一時期は絶滅寸前まで追いやられました。
そんな衰退の流れが1つの映画によって大きく変わります。
その映画はマトリックスです。
説明不要の大ヒット映画のマトリックスには、電脳世界での戦闘シーンにおいて、ワイヤーアクションの本場香港から招聘されたアクション監督によるワイヤーアクションが、ふんだんに採用されています。このワイヤーアクションによるアクロバティックで非現実的な映像は、観客に大絶賛されます。
そしてこれ以後、ワイヤーアクションによる演出が多用されるようになっていきました。

ここで注目したいのが、マトリックスでワイヤーアクションを使用した意図です。
マトリックスのワイヤーアクションは電脳世界での超常的な戦闘を演出するために使用されました。
前出のゼログラビティのように、無重力を表現する為に適したアイディアと同じく、表現したいものを実現する為の手段としてワイヤーアクションの演出が選択された訳であり、そこには必然性があります。
対して、マトリックスに触発された後発作品のワイヤーアクションは、その派手さのみに注目し、どんなアクションシーンで使用すると派手になる、という間違った解釈によって選択されている場合がほとんどです。
つまり、ワイヤーアクションを使用すると無条件でアクションシーンが派手になるという思い違いが原因です。

更にもっとタチが悪い場合もあります。
俺はマトリックスや古いカンフー映画が好きなんだぜー!
という作り手の、俺は〇〇が好きなんだぜアピールアピールのためだけにワイヤーアクションを使用しているケースも多いです。
この「俺は〇〇が好きなんだぜアピール」はオマージュという言葉のオブラートに包まれることもありますが、これは完全に受け手を無視した、作り手のエゴでしかないです。
または、単純にワイヤーアクションに挑戦してみたかった、という元も子もない動機で捻じ込まれているケースもあると思います。

このワイヤーアクション問題を整理すると
・引用元の設計意図や理念を理解せずに手法だけ真似てしまっている
・作品や商品の本質を曲げてでも自分が好きなものを他人に押し付けている

という2点が原因になっていると思います。
そしてこのワイヤーアクション問題は、映像作品に限らず、他の分野でも散見されます。

例えば、自分がいま所属しているゲーム業界の仕様書には、他のゲームのスクショが使用されていることが多いです。
ここのメニュー画面はこのゲームのメニュー画面がカッコいいから、これに習って作ろうね
または
このゲームのここの演出が痺れるからプレイヤーは感動するんだ!だからこのゲームにも導入しよう!
といったことが起こってます。

メニュー画面をパクることに潜むリスクとしては
引用元の設計意図や理念を理解せずに手法だけ真似てしまう
という点になります。
引用元のメニューは攻撃、防御、必殺技の並びになっているけど、ゲームシステムによっては必殺技と防御は逆の方がユーザーが使いやすいかもしれない。ボタンの大きさも本当に適切なのか。
そういった、本来は考慮されるべき点がすっ飛ばされる危険性があります。
また、他のゲームで感動した演出を作品に捻じ込む場合は、作品や商品の本質を曲げてでも自分が好きなものを他人に押し付ける危険性をはらみます。
もちろん上手くいくこともありますが、大体の場合、他社のアイディアのツギハギで作られたものは、制作が進んでいくにつれ綻びや矛盾が浮き彫りになってきます。

印象のトレースでは理念までは引き継げないということです。

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