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金木犀と秋の風

~香りの記憶は鮮やかに~


今年は遅くまで暑かったせいか、
金木犀の香りがしてきませんね。

金木犀は、不思議な花です。

秋祭りの太鼓が聞こえて来る頃
何処からともなくフワリと
甘い香りが漂って来ます。

思わずキョロキョロ見回すと、
住宅の庭木に、
公園の垣根に、
道路の街路樹に、
金木犀を見つけてニッコリ。

そんな経験、ありませんか?

花は小さくて、濃い緑の葉に隠れ
全然目立たないし、
すぐに散ってしまいます。

香りが強いのは、小さな花が
開きかけた時なので、
なおさら見つけるのは難しい。

姿よりも、香りで主張するタイプ
そんな花木です。


私が高校生の頃でした。

通学で降りる田舎駅の前に、
小さな運送会社の事務所があり、
その門前のシンボルツリー的な
金木犀の大木がありました。

一体、樹齢は何年なのでしょう?
きっと、ずっと昔から
この古い城下町の片隅で
秋祭りの御輿を見下ろしながら
甘く香っていたのでしょう。

私はその木が好きでした。

目立ちにくい金木犀の花も
下から見上げればよく見えます。

オレンジ色の小さな花が
私を見下ろし、笑っているようで
降り注ぐ甘い芳香に包まれ
幸福感を味わったものでした。

高校最後の秋のこと。

その年も、金木犀は満開で、
駅の構内まで芳香が漂いました。

しかし…

ある日のこと、
古い城下町への観光客なのか
外国からの旅行者の一団が
金木犀の木を囲んでおりました。

英語だとしか分からない、
情けない学生でしたが、

「オー!ビューティホー!」
「ナイス スメール!」

などと、称賛しているのは
理解出来ました。

その時です。

大柄な男性が、おもむろに
金木犀の枝に手を掛けて、
ボッキリ折ってしまったのです。

周りの男女は大盛り上がり。

皆で寄ってたかって、
大小の枝をボキボキ折り取ると、
それぞれ抱えて立ち去りました。

私は呆気にとられ、
次に腹が立ち、
やがて悲しくなりました。

お国柄だとか、気質だとか、
色々考えに違いはあるでしょうが
長い歴史を生き抜いてきた
大木に対する畏敬の念や、
愛情を持つことは難しいのか?

金木犀は、こんな仕打ちにも
黙って耐えているのです。

足元に、小さなオレンジ色の花を
敷き詰めるほど揺すられても、
まだ、私に優しく甘い香りを
降らせてくれているのです。

涙が出ました。

少し冷たい秋の風が
濡れた顔にヒンヤリとしました。


すっかりオバサンになった今でも
あの芳香が混じる秋風には、
あの日の事が思い出されます。

今年は三年ぶりの秋祭りが
近所で再開されたのですが、
遅れている開花のために、
あの芳香は味わえませんでした。

祭りも終わった今日、
雨上がりの涼しい風の中に
金木犀の香りを感じて窓を
開けてみます。

ご近所のどこから香ったのかな?

しかし、ふと見てガッカリ!

そうでした。

秋の限定商品とか言う
お部屋の芳香剤。

『キンモクセイの香り』

そのボトルを窓辺に置いたっけ。


ともあれ、季節はようやく
秋らしくなりました。

きっと数日のうちに、
本物の金木犀の甘い香りを
楽しめるようになるでしょう。

それまでは芳香剤で
我慢して待ってます。



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