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SAI2022

例えば目の前で友人が話しだしてもただのジェスチャーゲームになってしまうくらい、
イヤホンやヘッドフォンで耳を覆って、頭の中をその音やメロディや言葉で埋め尽くす時間がただただずっとすきだった。

言葉が音が後頭部をぐわっと埋めて、そこから胸に流れてくる気さえするその時間は、
奏でられる世界と紡がれる言葉がわたしのもののようになる。
その時間は無敵で、あらゆる感情が解放される気がする。かなしいことも、うれしいことも、せつないこともやるせないことも、わたしの言葉じゃなくてもわたしの言葉のようになってしまう。
そしてその昂りに任せて涙腺が緩む。解放された感情のように表に出てきてしまう。
だからわたしはライブで彼らの音を生き様さえもをしっかりとこの目と耳と胸で受け止めるとき、
大抵さめざめと号泣している。

重たく響くベース音は、スタンディング後方あたりでは腹の底で鳴り、ステージにほど近い前方では胸のど真ん中で鈍く強く鳴る。
とんでもない音量で刻まれる音は骨さえ軋むようにぐらぐらと響く。
録音された音楽でさえ、あれだけ酷く頭を揺さぶられるように響くのに、目の前で繰り出されてしまうともうたまったもんじゃあない。

スタンディングの指定席がない時にできるだけステージ近くまで行きたいのは、彼らが本当に同じ生き物で、確かに同じ空間に存在しているのかを直接この目で確かめたいからだ。
どんな表情で演奏して、どんな顔であの歌詞を紡ぐのか、どんな目でこちら側を見ているのか。
モニター越しじゃないこの両の眼でそれを確認できるとき、より鮮明に音が言葉が胸に入ってくるのは何故だろう。
彼らの汗が飛ぶのを見届けるたびに、ぐっと胸が熱くなる。とても大人しくなんて見ていられなくなる。

揚げた拳も、四方八方から感じる熱を帯びた感覚も、
イヤホンからヘッドフォンからは感じ取れないもので、
思わず声をあげずにはいられない衝動だって、ステージの目の前にしたときにこそ沸き立つ激情だ。

未曾有のパンデミックに襲われて、
ライブという場所が突然制限された。

やっとそのライブが戻ってきたときに初めて座った、ひとつ飛ばしの指定席。

こんな風に誰かと誰かに埋もれながら身体を揺らしたり、歓声をあげることができる日がいつかまた来てくれたりするんだろうかと思った。

ばかミタイに汗と涙にまみれて、おまけに誰かの汗にももみくちゃになって、終演後にはまるで割と洗ってない犬のような香りを纏うことが、こんなに恋しくなるなんて思ってもいなかったのに。

やっとスタンディングで開催されたこのフェスも、
両足でちゃんと踏ん張ってお腹の底に力を入れて、気持ちを強く持っていないと身体がもっていかれるような、押し寄せる人の濁流には、まだ少し遠い。

「全部ここに置いて行け」

代わり代わりにその生き様を魅せてくれるみんながそう言うけど、こちとら身体はひとつしかないんだ。
だけどもう上がらなさそうな腕を上げて、少し出すことを許された歓声を上げる。
声をあげられる歓びと、少し聴こえるようになった歓声にまた、涙が出る。

歓声は一時、拍手に成り替わり、そしてアーティストによっては鳴り物に成り変わった。
そこから短いような長い時間を経て、すこし声が出せるようになった今。

この3年、きっといつかライブでわたしたちが声をあげられるように作ってくれたんだと思える曲を発表するアーティストが多くなったと思う。

わたしたちの単調な日々や生活の支えや彩りになってくれる彼らにも、
わたしたちは支えになれている瞬間があるのかもしれないと感じると、
逆襲の時は来るし、ファンファーレだって鳴らせる。

死んでも譲れない夢のために立ち上がれと呼ぶ声にも、気高く生きる道を選択したいとさえも思える。

いつか、突然逢えなくなる日は絶対にやってくる。

その音に触れたいと思ったときにはもう叶わなかった人もたくさんいる。

同じ時代に生きていて、音を鳴らし届け続けてくれているその姿をその時間を、出来るだけ多く過ごしたいと思いながら会場へ足を運ぶ。
音源からは見えないその生き様は、ただひたすらに格好良くて強くて胸が震えるんだ。

どのバンドがどの曲が、って書こうと思いながらこのページを開いたけど、そうじゃなかったな。

いつだって受け取るのは、受け止めて前を向く力で、
もう二度と戻らないこの一瞬に後悔を残さないこと。

決してまたねの約束はできないこと。

ひとつずつ繋いできてもらった想いを受け止めて、どう繋げていくか。


たくさん、たくさん受け取った2日間だった。

はじまるまでがあんなに長かったのに、
はじまりから終わりまではあっという間に駆け抜けていってしまった。

また逢いに行ける日までちゃんと生活をして、
元気な心と身体で逢いに行けるように、時折この言葉を反芻している。


マイクの落ちる音、暗転。
あの直前に問われた言葉。

「さあ、次はおまえたちの番だ。」

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