きゅうりのカルピスづけ

 あ、賞味期限が三ヶ月切れたカルピスが出てきた。60%オフのやつ。コロナ禍の初期に買ってきたやつじゃないだろうか。あの時、お米が家に一粒も無くなったので買いに行ったら売っていなかった。トイレットペーパーやキッチンペーパーなど白い物が軒並みなくなっていたので、何となく安売りしていたカルピスを買ったのだった。米がなければジュースを飲めばいいじゃない。まるでどこぞの王妃様である。

 胡瓜を食べ易い大きさに切り、塩揉みして、その上からカルピス原液をかけて1日寝かせる。サッパリして美味しいお漬物の出来上がり。(レシピはカルピス公式サイトにあるのでそちら参照のこと)

 緑と白。連想するのは、私の生まれ故郷の記憶のカラーリング。燃える様な植物の色と、白い雪、白い雪に落ちる彩度の高い水色の影、どんよりしたグレーの空が手が届くかと思うくらいに近い。料理をしていると嫌な気持ちが沸き起こって来てしまい(これはまた後日書く)、昔のことを思い出す。

 ある日、私の住んでいた団地の倉庫の壁がクリーム色に変わっていた。周囲のボロボロの建築物と似つかわしくない人工的な鮮やかな色。そこに一羽の鳩がトップスピードのまま激突し、声にならない悲鳴を上げて、溝に落ちた。おそらく骨が折れたのだろう。友達と駆け寄ったのを覚えている。首が真横に向いていて、口が開き、白目の中の黒目が明後日の方を向いていた。家に帰って親に相談したが助からないだろうと言われた。次見た時、自力でか、他力でか、鳩は三つ葉のクローバーとオオバコの葉が生い茂る地面の上にいた。人が近づくともぞもぞ動いた。

 あのあと鳩を殺したクリーム色の壁に、カラスも激突したようだ。ドンッと静かな団地に音がこだました。たかだか色を変えただけで何でもない壁は鳥殺しの壁へと変化したのだ。あの世界にクリーム色はいらなかった。ボロボロの朽ち果てたコンクリートの色と、萌える緑と、迫り来るどんよりとした空があればそれでよかったのだ。余計な介入を人間がしたので鳥が死んだ。循環が変わってしまった。環境が、空気が。

 あの当時は、幼かったので家に帰って母に「あの壁は塗り直さないのか?」と聞いたのを覚えている。それからその団地から引っ越して、数年後思い出に浸りに訪れた時、壁はクリーム色からグレーの色に塗り替えられていた。当然のことだと、小学生の私は心の中で思ったのを今でも覚えている。