2 STEP SOUL:ツー・ステップ・ソウルとは何か
2019年の始めごろ、ジェフリー(ジェフ・ペリー)'79年のアルバム"Jeffree"に惹かれました。このアルバムは10年以上前に一度買ったことがあったのですが、当時は「マーヴィン・ゲイのフォロワーだな」と思った程度ですぐに手放してしまったもの。それが何故いま良く聴こえたのかは自分でも不明なのですが、ちょうどレオン・ウェアの"Musical Massage"、ジョニー・ブリストルの"Bristol's Creme"、マーヴィン・ゲイの"I Want You"、クインシー・ジョーンズ"Body Heat"辺りの'70年代半ば~後半ごろのメロウなソウル・アルバムを好んで聴いていたので、その流れで気になってしまったのかもしれません。
ジェフリー"Jeffree"(MCA MCA-3072)1979
非常に気に入ったのですが、彼に関して経歴等は殆ど知らなかったのでさっそくネット上で検索。'70年代ソウル・ファンには知られたプロデューサー/ソングライターのグレッグ・ペリーの弟であること、今作以前にアリスタやエピックから数枚のシングルを発表したものの不発だったこと、'70~'80年代にリリースしたアルバムはこれが唯一で、これ以外には'96年に未発表曲集的な"Call It Love"を出したきりでミュージシャンとしては不遇なまま現在に至っていること、等々…それらに混じって少々耳慣れない言葉も目にしました。
「(アルバム収録曲の)"Mr. Fix-It"と"Love's Gonna Last"はロンドンのツー・ステップ~レア・グルーヴ・シーンで好んでプレイされ、それ以降アルバムも多くの人が探し求める(sought after)人気作になった」と。
「ツー・ステップ(・ソウル)」という言葉はそれまでにもコンピレイションの解説文等で何度か目にしたことがあったのですが、特にその定義がどんなものなのかはよくわからないまま読み流していました。しかし今回は自分も気に入ったアルバムに関してのことなので、そこから更にツー・ステップについて詳しく調べるようになり、それに伴って関連したレコードを少しずつ買い集めて、徐々にハマっていくことになるのでした。
一般的には、2ステップというと2000年代の前半頃に流行したクラブ~ガラージ系の音楽-例えばM.J.・コールやアートフル・ドジャー、そこから登場して後にポップ・スター的な人気を得るクレイグ・デイヴィッドなど-を連想する方が多いと思いますが、ここで取りあげる2ステップはそれとはもちろん違います。また、アメリカではシカゴに独自の「シカゴ・ステッピング」と呼ばれるジャンルが'70年代からあり、シカゴ出身のR..ケリーがそれをテーマにした"Step in the Name of Love"という曲を発表して話題になりました。ジェフリーの上記2曲もシカゴ・ステッピングの代表曲に挙げられているので紛らわしいのですが、シカゴ・ステッピングは基本的には音楽のジャンルというよりその音楽で踊るダンスのやり方に重点を置いているので、2ステップとは別物と言っていいでしょう。ダンスの種類にも足の運び方に特徴がある2ステップというステップがあるようですが、これも今回取り上げているものとは関係ありません。
これら他ジャンルの2ステップと区別するため、ここではキチンと書く時には「ツー・ステップ・ソウル」と呼ぶことにします。
それではツー・ステップ・ソウルとは何かというと、まずラヴァーズ・ロックの話から始めなくてはいけません。
「ラヴァーズ・ロック(または単にラヴァーズ)」とは、70年代半ばにイギリスで生まれたレゲエのジャンルのひとつ。'75年にリリースされたルイーザ・マークの"Caught You In A Lie"がラヴァーズ最初のヒット曲と言われています。音楽的にはソフトで甘い恋の唄を中心としたスムースなサウンド、フィリー・ソウルやノーザン・ソウルの影響が色濃いのが特徴。イギリスではそこからブラウン・シュガー、ポーシャ・モーガン、キャロル・トンプソン、マリー・ピエール、ジャネット・ケイらがヒットを飛ばし、それが本場ジャマイカにも影響を与えてルディ・トーマスやシュガー・マイノットらがラヴァーズ・ロックのスタイルの取り入れた作品を発表。現在ではスウィートな唄ものレゲエ全般を指してラヴァーズ・ロックと呼ばれるほど定着した言葉になっています。
UKのDJ/セレクター、デイヴィッド・ロディガンが選曲したラヴァーズのコンピレイション"Lovers Rock-Serious Selections Volume 1"
ラヴァーズ・ロックの(大本の)流行は'80年代半ばに一段落して、関連したレコードのリリースも落ち着いてくるのですが、その頃から始まってくるのがツー・ステップ。当初はロンドン周辺の個人のごく小さなパーティからスタートしたようですが、ラヴァーズ・ロックの曲の合間にレゲエにもフィットするソウル系の曲をかけて盛り上がっていたのが、徐々に比率を増していって完全にR&B系だけで構成されるものになっていったようです。そしてそれを当初は(ブルースがかかるわけではないのに)「ブルース・パーティ」と呼ばれていたとのこと。特にロンドン東部で盛んになり、ハックニー(Hackney)地区がツー・ステップの中心地とされています。
当時人気があったパーティとして「マンハッタン」、「レイテスト・エディション」「ジャスト・グッド・フレンズ」「ミステリー」等があり、そこでプレイしていたDJたちはこちらもロンドン名物の海賊ラジオ局でも番組を持っていて、そちらも同様に人気を博していたとのこと。
それではどんな曲を「ツー・ステップ・ソウル」と呼ぶのかというと、大まかには以下のような特徴があるものになります。
・ミディアム~スロー系のゆったりしたテンポ
・遅めのテンポだが、ビートは「打って」いる
・ベース・ラインに特徴があり、曲全体を引っ張って(英語ではBass-Driven等と表現されています)いる
・ソフトなヴォーカル-男性はファルセットが好まれる
これらはあくまで原則としてのもので、実際にはツー・ステップの人気曲の中にはここに当てはまらないものもたくさんあります。これらの特徴を一言で集約するとしたら、「レゲエのフィルターを通してみたソウル」ということになり、出自のレゲエを反映していることになるのでした。
最初はこの「レゲエとしてソウルを聴く」感覚があまりよくわからなかったのですが、iPodでシャッフルをかけていた時にクロエ・マーティンの"It Comes To My Attention"とジーン・カーンの"Early Morning Love"が続けて流れてきて、「ああ、これは確かにレゲエだ」と納得するところがありました。
日本ではレゲエ(的な)・アレンジというとすぐにンチャンチャの裏のリズムを刻むギターを思い浮かべる方が多いと思いますが、イギリスではまずどっしりとしたビートとヘヴィなベース・ラインが重視されるところに感覚の違いを感じます。ツー・ステップはラヴァーズ・ロックから派生したものなので、ストレートなレゲエのリズムよりもメロウな感触のほうが重視されるということなのかもしれません。
また、話題になり始めた時期が近いためかレア・グルーヴ系との親和性も感じます。日本ではレア~というとJ.B.'sに代表されるようなファンク系やソウル・ジャズ~ジャズ・ファンク的なものが多く挙げられると思いますが、UKで編纂されたコンピレイションやDiscogs等に挙げられているレア・グルーヴ系のリストには明らかにツー・ステップ的な感覚を意識したものも多く、むしろこれらのメロウ・グルーヴ系が本来の「レア・グルーヴ」なのかと思えてしまうほど。まあ、この辺の認識の違いに関しては当のイギリス人の間でも議論が起きているようなので、あまり厳密に区別せず楽しむ程度でいいのかもしれません。
それでは、次回からはツー・ステップ・ソウルの代表的なアルバムや曲を地域やジャンル別に分けて紹介していきたいと思います。
ツー・ステップの「聖典」、"Body Fusion"を収録したスターヴューのアルバム"Upward Bound"
なお、私は当時のロンドンをリアル・タイムで経験したとか、当事者に直接取材したとかいうわけでは全くありません。遠く離れた東京でネット記事を調べたり、掲示板を読んだりしてこの文をまとめているだけですので予めご了承ください。また、ツー・ステップの流行はロンドンでも'96年ごろ、始まってから10年ほどで終息してしまっていることも記しておきます。
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