1年ほど前のこと

 今から1年ほど前、大学を卒業する直前のこと、所属サークルの卒業演奏会の練習のためある先生にピアノのレッスンをしてもらっていた。その先生にはもともと、生徒の多くが子どもであるような近所のピアノ教室で教わっていたが、教室の建物の取り壊しが決まってからは先生の自宅へ通っていた。

 実家から東京に戻り、レッスンのため先生の自宅に向かった。教室に通っていたころから、私はレッスンにいつも5分ほど遅刻するのだった。しかしその日は5分早く先生の自宅に着き、周辺をうろうろして時間調整をし、ぴったりの時刻にインターホンを鳴らした。先生はとまどったようになぜ来たのか、レッスンは明日ではないのかと私に確認した。確かに私の手帳にも、レッスンにはその日の翌日が予定されていた。

 しかたがないので、明日また来ます、よろしくお願いしますと告げて駅まで歩き始めた。アーせっかく遅刻しなかったのに。いい天気だったし、先生の家に通い始める前までほとんど降りたことのない駅だったので、初めての道で散歩するつもりで駅に向かうことにした。駅に近づくと商店街に入った。コーヒー屋を見かけてコーヒー豆を切らしていることを思い出したので、立ち寄ってみることにした。

 コーヒー屋さんに好みを言って豆を挽いてもらっている間に、その店ではコーヒーを1杯サービスしてくれた。親切にコーヒーの淹れ方まで教えてくれた。フィルターの折り方、蒸らしについて、お湯の注ぎ方などだ。

 そのとき教わった、「蒸らした後、お湯は豆の中央に円を描くように注いで周囲に"土手"を作る」(文章化できていないが……)という淹れ方が難しく、全然自分では再現できなかったのだが、注ぎ口の細いケトルを買ったらうまくいくようになった。

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