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SFショート

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黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
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#車

一条の雲

  飛行機雲が征く空は、なんだか君には似合わなかった。  殺伐、と云って差し障りないほど、なんにもない、  夏の暑さの上に、冷たく、横たわる、  ただ茫漠と広がり続ける、空に、  一条の細長い雲が伸びているのだ。  君は、その、たったひとりで流れる雲の真下に立って、  笑っているわけだが、  あっけらかんとした笑顔は、逆光で見えづらいけれど、  たしかに、君の美しさを体現して、そこに在る。  だからこそ、この、どこまでも究極的に空虚な空には、  似合わない

伍佰

 アルセーヌ・ルパンの孫が乗っていた、と記憶している。  日本語で、五百、を意味する、伊語でいうところのチンクェチェント。  その、黄色く、丸いボディが、わたしたちの眼前を疾駆する。 「あの車に乗りたかったんだ」  君が運転席で、云う。  わたしたちは、交差点の赤信号で、停車している。  君が、頑張って買った、黄色のチンクェチェント。  最新ではないが、ごくごく最近のモデルだ。  今、目の前を駆け抜けた、チンクェチェントは、ヌォーヴァ、と呼ばれる車だ。 「ど