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SFショート

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黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
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2021年6月の記事一覧

ピタゴラ

 白紙のノート。  しばらく叩いていないキーボード。  買ったまま放ったらかした万年筆を転がす。  固まったインクが憎くて、ノートを破ってしまった。  勢いよく飛び出た右手がコップに当たる。  倒れたコップから水が躍り出る。  水は机を濡らしていく……。  天板の角で美しく反射する、表面張力が弾けた。  糸のように真っ直ぐに落下して、寝ていた犬にかかる。  寝耳に水で飛び起きた犬が花瓶を倒す。  土が派手にこぼれて、木が床に叩きつけられる。  木の枝は、

ごうかく

 ぼそり、君がたずねる。 「初夏は未完成の夏?」  入道雲はまだ見えないし、風はまだ涼しい。  夕暮れもパステルカラーでまだビビッドまでは彩度が足りない。  水溜りに反射する君の顔は、初夏のやわらかめの夕日に照らされる。  夕立、止んでステップ。  流れる雲、夜に歩く。 「未完成の夏だけどさ」  わたしが跳ねて答える。 「初夏としては一級品だよ。今日は」  ぞろぞろ隊列を組む蟻と、  アウトローぽいカラスの群衆。  季節は一瞬一瞬がブランド。  その