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ウラメガネ

「メガネウラという生き物が居たのだよ」
 そう、橋本君は言うのです。私は、急にどうしたんだと思ったのです。場所はサイゼリヤです。サイゼリヤ日本橋浜町店です。急に電話が鳴って、それが橋本君で、出ると日本橋に行こうと言うのです。日本橋なんて行った事がありません。橋本君は一体どうしてしまったんだろうと思ったのです。
「昔行ったことあるだろう。映画観にさ」
 ああ、そういう事もあったな。
 昔、橋本君と映画を観に行ったのです。ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネスを観たのです。浦和のPARCOで観るつもりでしたが、結構待たなくてはならず、それで日本橋に行ったのです。神田で電車を降りて、歩いて日本橋まで行ったのです。初めて行った日本橋は異界でした。生活レベルの違う人間の形をしている生き物が居る所でした。私は正直そう思いました。
 でも頑張ってドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネスは観たのです。終わったらすぐに日本橋から出ました。神田に戻って電車乗ってその界隈から出ました。
 それ以来の日本橋。
 サイゼリヤ。サイゼリヤ日本橋浜町店。日本橋とついてはいますが、そこはもはや日本橋でもありませんでした。神田駅で落ち合って、そっからどんだけ歩かせるんだと思ったのです。しかし橋本君に何か考えがあるのだと思っていたのです。ですがサイゼリヤに入って尋ねると、考えなど全く何も無いのでした。私達はただ闇雲に神田駅から歩いて人形町を越えて浜町まで行ったのでした。そしてそこにあったサイゼリヤに入ったのでした。
「メガネウラという生き物が居たのだよ」
 そして橋本君はそこで、サイゼリア日本橋浜町店で。そう言うのでした。私は内心、腹立たしくもあったし、疲れてもいたし、なんで日本橋浜町に居るんだという疑問もあったし、頭がごちゃごちゃしていました。
「メガネウラというのはとても大きなトンボのような姿形をしていたのだそうだよ」
 しかし構わず橋本君は言うのです。
「どうしてそんな話をするんだい」
 訳が分かりませんでした。
「いや君。知っているかい。今、ダーキシが世間でなんて呼ばれているか」
「ダーキシ。岸田首相の事かね」
「そうだよ。ダーキシだよ」
 橋本君がダーキシに興味があるとは思いませんでした。私だってありません。私にとっては日本橋の人達と同じです。異界の人。
「彼は増税糞眼鏡と言われてるんだよ」
 見た覚えはあります。ニュース等で。Xで見たのかもしれません。とにかく見た覚えはあります。いい綽名だなあ。と思いました。
「それで福井の人が悲しんでいるのだよ」
 福井の人。私も橋本君も秋田の生まれ育ちです。東北の糞田舎の生まれ育ちです。福井に行った事はありません。福井で知ってるのは眼鏡の産地という事だけです。あとは日本橋の人達、ダーキシと同じです。異界の人。
「Twitterで見たのだよ。ダーキシが増税糞眼鏡と言われる事で、眼鏡の何が悪いんだと福井の人が悲しんでいるそうだよ」
 へえ。それはそれは。
「だからね。僕は増税糞メガネウラと呼べばいいんじゃないかと思うのだよ」
 橋本君は言いました。
「メガネウラのメガネは眼鏡じゃないんだ。あれはメガとネウラで構成されているから」
 へえ。そう。
「増税糞メガネウラと言えば、福井の人も悲しまないだろう」
「メガネウラのことは良いのかい」
「絶滅した種なのだからいいじゃないか」
 橋本君はジュラシックワールドのホスキンスみたいな事を言うなあ。そう思いました。
「僕はこれからその事をTwitterで広めていこうと思うんだよ」
 橋本君はそう言って笑いました。
 それからまた何か月か経って、橋本君ではない友人に連絡をした時、
「君は橋本君が死んだのを知ってるかい」
 と言われて驚きました。
「橋本君は自殺したんだ」
 それにまた驚きました。
 詳しく聞くと、どうやら橋本君は私に言った通り、Xでダーキシの事を増税糞メガネウラと言えばいいという旨の発信したらしいのです。しかし日本にはメガネウラのファンが二億人おり、その二億人から橋本君は毎日叩かれたそうです。毎日一億回ずつ、死ね。殺す。と言われたんだそうです。勿論、表記は〇ね。と、〇すです。そう言われ続けて橋本君は海に飛び込んで死んだという事でした。
 恐ろしいな。恐ろしい事だな。そう思いました。福井の人もダーキシも助けてくれなかったのだな。そう思いました。それから日本にメガネウラのファンが二億人いるという事にも驚きました。二億人と言えば日本の人口を超える数です。
 私は死ねも殺すも言ってません。でも、私以外の人は橋本君に言っていたのかも知れません。死ね。殺す。〇ね。〇す。毎日一回。〇ね。〇す。流れ作業のように。〇ね。〇す。トイレやご飯の支度みたいに。〇ね。〇す。起床や就寝みたいに。〇ね。〇す。
 橋本君は、そういう日常の流れみたいな〇ね。〇す。で死んでしまったのだろうか。恐ろしい。恐ろしいなあ。
 橋本君を偲んで、日本橋浜町店のサイゼリヤに行こうと思いました。でも、ふと、自分の隣の人が橋本君に〇ね。〇す。と。毎日〇ね。〇す。と言っていたのではないかと思うと怖くて。怖くなってしまって。
 怖くて。
 怖くて怖くて。
 それが怖くて怖くて。

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