ネットフリックス

 実家から父が死んだと連絡が来て、姉と一緒になって実家に帰省して、葬儀ホールに置かれた棺の中で安らかに、寝ているように死んでいる父の姿を見て、それをスマホで写真に撮って、それから霊柩車に乗せて火葬場に行って火葬開始のボタンを押して、あ、一応自分が喪主だったから。喪主が火葬開始のボタンを押すのが習わしらしい。初めて父が死んだからそんなの、そういうの全然知らなかった。それからあと母親は最初自分の事を喪主にするつもりだったらしい。書類にそうやって書くつもりだったらしい。が、しかし寸でのところで母は思ったんだそうだ。
 「関東圏に住んでるあのあほ子供二人は車の運転ができないのではないか?」
 そのような事を。正しかった。私も姉ももう車の運転など十年はしていないと思う。できない。無理。オートマでも無理。死ぬ。父を火葬場に持っていく間に少なくとも二、三人、多くて二桁の人間をクレイジータクシーする。
 それから父がこんがりと骨になるまでの間、待合室の座敷で三人で話をした。ここ暖房つかないのかなとかそういう話だ。あと夜は何食べるとかそういう話。帰ったら買い物行くとかそういう話。
 そのあと焼けた御骨を御寺さんに持っていって、そこに一晩お預けしてから、次の日葬儀ホールの方のガイドの下で、私達は再び御寺さんに行って葬儀をした。いつもお世話になってるご住職がお経を唱えるのを私達家族は後ろから見ていた。時々立って御焼香した。葬儀ホールの方が御焼香をするタイミングを教えてくれた。
 「昔、うちの大婆様が死んだ時は、まあ子供だったからかな、つまらなかったし、早く終わってほしかったけど、今は葬儀ホールの方がガイドしてくれるから、いいなあ」
 ご住職がお経を唱えているのを見ながらそんなことを思った。昔死ぬより今死んだほうがすごく楽な気がする。ガイドしてもらえるのが何よりも楽だ。オートマだ。もうクラッチ踏んでギアガチャガチャしなくても進んでいく。そんな感覚。
 私達家族が立ったり座ったりお辞儀したり手を合わせたり御焼香をしている間に、葬儀はいつの間にか終わり、そのあとの初七日の法要も終えて、最後に自分とこの墓に父の骨を押し込んだ。そうしてようやく父の件に関して一段落ついた。家に帰った。父の遺影を持って家まで歩いた。
 次の日、母親のスマホの件でドコモに行った。というのも母親は父のために携帯電話、スマホをもう一台購入していたのである。
 「入院してた時連絡する手段がなくてね。公衆電話もいつも混んでるっていうし、だから安いのでいいからってドコモに行って買ったの。お父さんも欲しいって言ったから」
 父はそれまでの人生で携帯電話を持ったことがなかった。そんなものいらないと言っていた。携帯を持ってる人間を馬鹿にさえしていた。それなのにここで、ここに来て携帯欲しがるのかと私は思った。それにちょっと怒りさえ覚えた。
 「今更ポリシー変えるんだ」
 って。だったらもっと早く持っておけばよかった。今更。
 しかしその購入したスマホを父が使うことはなかった。その後病状が悪化して終末病院に転院した。それからはもうコミュニケーションも取れなくなった。
 その携帯の解約。そんで、その代わりに母親がタブレット端末を購入したらいいじゃん。って。
 無事にタブレット端末を購入し家に帰って私がそれの設定などを行っていると、母親がふと妙な話をしてきた。
 「前に使ってた、あんたが買ってくれたタブレットのネットフリックスになんか身に覚えがないダウンロードがされるんだけど。姉から」
 は、なに、何。なんだって。
 それまではAmazonで買ったタブレットを母親には使わせていた。1万円くらいの安いの。Wi-Fiでだけ繋がる奴。ネトフリとかdTVとか見るだけだし、これでいいでしょって。
 母親のタブレットでネトフリを見てみると、確かに何かが母親の容量の少ないタブレットにどかどかとダウンロードされてる。そしてそのダウンロード一覧の上には、姉。と書かれている。姉に話を聞くと、
 「はあ。そんなことしてねえよ」
 という。
 ネットで調べてみると、それはネトフリのオススメダウンロードという機能であることが判明した。
 改めて母のタブレットを使ってその機能を確認すると確かその様な設定になっている。姉のパーセンテージが幾らか上昇している。オススメダウンロードの機能をOFFにした。
 その日の夜、自分のスマホでネットフリックスのアプリを開いて、オススメダウンロードの機能をONにして、父のパーセンテージをアップした。
 次の日スマホを見ると父からのダウンロードが入っていた。
 これを続けていけば、もしかしたらいつか、父は生きてる。まだ生きてる。そう思える日が来るかもしれない。

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