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ネルトリンゲンのお坊さん

 ある用事で実家に帰省すると母親から、
「ねえ、先生の所に行って薬を貰ってきて」
 と言われました。
 母親は数年前から血圧を下げる薬を飲んでいました。先生というのは御世話になっている御寺の御住職の事を差します。先生は御住職の傍ら御寺の敷地内に医院の建屋を設けてそこで内科医もされておられるのです。父の足がパンパンに腫れて、腫れに腫れて、発酵させたパン生地みたいに腫れあがった時も最初に診てくれたのはこの先生でした。父の血圧は完全に異常で、すぐに第一病院に連絡をしてくださいました。検査の結果、父の大腸に乳幼児くらいのサイズの癌の腫瘍が見つかりました。入院して手術が行われました。
 その父が死んで、持ち物を整理した。いるものがあったら持っていって。母親からそういう電話が来て、それで帰省したのでした。
「ねえ、薬って言えばわかるんですか」
「大丈夫だって。いっつものこどだがら」
 母親は言いました。いつもの事ってその薬を受け取りに行く人間が違うんですけども。
「子供じゃねんたしぇ、言えばいべや」
 そう言うので私は御寺に向かいました。帰省する度、お墓参りには行っていました。お茶とかを買ってきて墓前に供えていました。
 しかし、今回は薬を受け取るというミッションが発生したので、墓ではなく御寺に入って自分の所の仏壇やら御本堂やら、仏様、御本尊を御拝顔させていただこう思いました。
 御寺の入り口で靴を脱いで、上着をハンガーにかけて私は御本堂に入堂いたしました。
 すると本堂の、金色のシャンデリアみたいな天蓋の下、須弥壇の所に写真が立てかけられていました。一枚。普通サイズの写真。そんなの今まで見た事がありませんでした。父が死んだ葬儀の時も、一周忌の時も、そんな写真はありませんでした。近づいて見てみると、先生、御住職が写っておられました。
 それはネルトリンゲンの写真でした。

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