名前はメロンパン奈張雲江でお願いします。

   粉末

 父が死んで葬儀のために実家に帰省することになった。ここ最近はずっと終末、通称終末病院にいた父の死であった。んで、それに伴って私も姉も帰省したのだけど、どっちも喪服の一つも持っておらず、慌ててユニクロで買わなくてはいけなかった。セットアップとワイシャツとで一万二千円。あと姉はしまむらにも行ったらしい。そこでなんか小物入れみたいな形の鞄、台形の。そういうのを買ってきた。
 「そんなのいるんですか」
 「女子はこういうのをもつんだよ」
 ということらしい。大変だなあ。あと踵の高い靴と。踵高そうで大変だなあ。
 ありがたいことに未だに根強いコロナの昨今とあって葬式には弔問客などは招かず、残った家族だけでやるということになっていたので、正直な所、私はピゾフのパーカーでいいんじゃないかと思ったし、姉は、姉にもピゾフのパーカーを貸して、母も、母もそれで。それでいいじゃないかと思ったし、そう言ったりしたが、さすがに馬鹿野郎ということになった。なってしまった。父も別にいいんじゃないかとは思うんだけど。まあでも、御寺さんとか葬儀ホールの人はぎょっとするかもしれない。そう考えると黒い喪服のほうが無難だなあ。あ、ちなみに私がつけてたネクタイはダイソーで買ったやつ。出かける直前までスーツにユニクロのシールが、サイズを示すシールが付いたままの状態だったので危なかった。
 父の死は残った家族の誰にとっても予想外のことではなかった。遠からず死ぬと思っていた。葬儀ホールで棺に入っていた父はおばあさんのような顔をしていた。だからもう知らない人っていうか、おばあさん。もう十年くらい前に死んだおばあさん。それだから「おばあさんだ、おばあさんだ」と、盛り上がった。スマホで写真を撮って家族間のラインに投下した。遺影の父は若干嫌そうな顔をしていた。これしか写真なかったのかとそういう話題にもなった。私は父らしくていいって言ったけど。だって嫌そうだもん。父って。こういうの。
 「母、ちょっとそこに立って、遺影に並んで、写真撮るから」
 「はい、OKっ!」
 「じゃあ、次は御遺体の御尊顔とツーショで、何とかツーショで、いける?……ああ、そう、今ツーショになってる、よし、よしOKっ!」
 葬儀はつつがなく進みDAYONEが終わって、DAYTWOになって御寺さんに行って、代々お世話になってる御寺の御住職に経文を読んでもらい、これもありがたいことに本当につつがなく進行して、最後。ラスト。ラストワン賞。お墓に納骨する際、うちの墓だけかわからないけど納骨する、骨を入れる入り口が狭いということが発覚した。母親がその段になって悪びれもせずに、
 「そういえばおばあさんの時も骨入れが大変だった」
 と告白めいたことを言った。
 お前この野郎!事前にミーティングしたのに、なんでそれのことを言わなかったんだおい。おい!
 サンタクロースのプレゼントが入ってるんですか?と、見紛う位しっかりした父の御骨が入ってる袋をみんなで細かくしてぎゅうぎゅうにして、『おおきなかぶ』の逆バージョンみたいにして押し込んだ。
 「入った?」
 「入った。入りました!」
 「おし、押し込め!」
 「押し込めー!」
 こういう事があるんだったら、焼いた後もう少し細かくしてあの木の箱に収納にしたって。だから言ってよ。言って。
 父の葬儀のために実家に帰省した。帰省初日は天気が悪く大雨だった。葬儀DAYONEは雨は降っていなかったけど終始曇っていた。土地柄もあるんだろうけど、すごく低いところに厚い雲が絨毯のようになっていた。DAYTWOもずっと曇っていた。
 それなのにこの骨入れ、納骨の段、
 「あれ?入口が狭くて入らない」
 ってなってから、みんなして必死になって骨を細かくしておおきなかぶの逆バージョンをする工程の、本来発生しないはずだったこの工程の最中、突然太陽の光が差し込んだ。空を見上げると絨毯爆撃のような雲がいつの間にかなくなっており、所々に青空が垣間見える。見えた。なんで今?そう思った。
 全工程が終了して、御寺の御住職にも葬儀ホールの方にもありがとうございました、本当にありがとうございましたと頭を下げて帰宅して喪服を脱いでフリースに着替えて夜になって、晩御飯作って。あ、私が作ったんだけど、ピザ。
 「火葬したんだからピザ焼かなきゃ、だって」
 だって火葬なんてめったに体験できないから。火葬場、斎場に行くことだって滅多にないんだから。そらまあ、記念してピザ焼きたいじゃん。火葬おめでとうピザ。前日作ってたピザ生地伸ばしてクリームチーズと生ハム、目に鮮やかな緑の草、ベビーリーフだったかな。を乗せてオーブントースターで十二分。
 その間にお疲れ様の乾杯をしたんだけど、その時姉が、
 「最後いやがったな、父、墓に入るの」
 といった。
 私はそうは思わなかった。そうは感じなかった。あれは茶目っ気だよ。父の。生前、若い頃はどうだったか知らないけど、ふざけたりした事ない父親の茶目っ気だよ。そう思った。そう言ったし。
 それからあと、私が死んだ時は絶対に、必ず、焼いた後すぐに細かくしてもらいたいと思った。あの得体のしれない、おおきなかぶの逆バージョンの時間。あれしんどいな。しんどいから。焼いた後すぐにフードプロセッサーか何かにかけてもらいたいと思った。粉末。粉末にしてもらいたい。粉末に。

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