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超短:絶句


 小学校3年生のとき、国語の授業で、先生に音読を当てられた。
「竹田さん、この段落を読んでください」
 何でも無いことのように思ったし、予習で家で黙読もしてきている。
『太郎のおばあちゃんの家は、お菓子の問屋さんだ』
 問屋・・・といや?とうや?
 突然どう読むのか分からなくなった。絶句してしまった。
「太郎のおばあちゃんの家は……」
 声がでない、読めない自分が恥ずかしい。
「とんや よ」
 先生がそう言ったが、恥ずかしくてもう声が出なくなった。予習してきたという自信も、予習してきたのに読めないことが余計に恥ずかしい。
 涙が出てきて、クラスメートがざわっとしだす。先生は、もう良いと言って私を座らせた。
 あれから三十年以上経ったけど、あの絶句は生涯忘れられない。
 でも今は、漢字がちょっと読めないとか読み間違えるなんて、たいしたことじゃないことを知っている。あの日、先生が授業の後、話してくれたから。
 漢字よりもずっと難しいものに絶句することが、これからたくさんあるけど、それも含めて。
「竹田さん、それも含めてたいしたことじゃないんだ」

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