『女性教師の嫉妬』

 とある私立高校に勤める30歳の教師、中村菊子、独身。いく度かの失恋を乗り越え、ようやく運命の人に巡り合えそうな、そんな気配を感じていた。
 
 同僚の本田先生といい感じになりつつあった。しかしある時街中で、本田先生が25歳の南先生と仲睦まじくお茶をしているのを目撃してしまった。しばらく尾行したが、どう見ても恋人同士のそれであった。
 
 南先生は同性から見ても可愛い。ポニーテールがよく似合っている。彼女に思いを寄せる先生もいるらしい。やっと巡ってきたチャンスをこの先生に取られた、そんな敗北感を強く感じた。
 
 次の日。本田先生に思い切ってカフェで見かけたことを話してみた。すると肯定も否定もせず、照れ笑いを浮かべた。あぁやっぱり…それ以上は追求しなかった。また一つ恋が終わりを告げた…。

 恋が叶わなかった場合、悔しさを励みに自分を高めていくのが、人として正しい。いつかは魅力的な人間になって、素敵な人を振り向かせてみせる。それが向上心というものだ。そうして人は成長していく。 
 しかしこの時の菊子には、憎悪の感情が芽生えていた。あのポニーテールをバッサリ切ってしまえば、可愛さも半減するのではないか…!

 菊子がそう思うのも無理はない。今まで何度か恋のチャンスがあったが、ことごとくポニーテールが似合う人に奪われてきた。よっていつの間にか、ポニーテールが憎くなっていた。また、菊子は髪質のせいでポニーテールには出来ないことも、憎しみに拍車をかけていた。

 あの髪を切ってしまいたい。菊子がそう思うのは必然であった。

 まさかハサミを持って襲うわけにはいかない。どうにかして合法的に髪を切る方法はないだろうか…。しばらく考えて閃いた。部活の指導で難癖をつけて、賭けに持ち込めば良い。

 南先生はソフトボール部の顧問だ。私が顧問だった頃は、厳しい練習と規則で部活を強くした。朝練はもちろん、土日も練習試合を組んだ。
 髪型も当然耳出しのショートカットとした。暗に刈り上げを推奨し、レギュラーは全員刈り上げにしていた。
 それが南先生になってからは緩くなった。朝練は自主性になり、土日も毎週練習試合があるわけではなかった。髪型も運動の邪魔にならなければ良いとのことで、部員の中には伸ばす子もいた。

 その結果どうなったかと言うと、少しずつ弱くなっていった。私が顧問をしていた頃は、ほぼ毎年県大会に行き、たまに全国にも行っていた。それが今は県大会にすらられないことが増えた。とても全国など狙えないチームになっていた。

 それに比べてバスケ部は、私が顧問に就任してからは見違えるように強くなった。ソフト部と同じように、練習は厳しくしている。髪が長いとプレーに邪魔だからと、耳を出して後ろは刈り上げにさせている。中には辞める子もいたが、大半は部活を続け、全国にも行けるようになっていた。

 これだ!と思った。部活の実績を盾に、指導方針の違いで煽ってみよう。

 ある日の部活後、偶然を装って南先生と一緒に職員室へ帰った。その時に切り出した。
「南先生、今年のソフト部はどうですか?」
「ええ、今年はいいですよ。」
「県大会には行けそうですか?」
「エースが怪我さえしなければ、多分大丈夫です。」
「はっきり言わせてもらいますけど、私が顧問をしていた頃よりも弱くなっ ていますよね?エースはともかく二番手が育っていないし、打線は迫力が足りないし。」
「…そうですね…」
「先生の指導が甘いのではないですか?」
「甘いって、どういうところがですか?」
「私の頃は、練習は厳しくしていましたし、髪も短くさせて、余計なことに目が向かないようにしていました。だからこそ、毎年のように県大会や全国に行っていたのですよ。」
「私は生徒を締め付けるのは嫌なんです。楽しく部活に取り組んでもらいたい。だから無理な練習はさせたくないし、髪型だって自由にさせてあげたいんです。」
「でもその結果負けていたら話にならないわよ。スポーツは勝ってこそ楽しいんでしょ?まさか『参加することに意義がある』なんてお考えではないでしょうね。」
「私だって勝たせてあげたいですよ。」
「先生の今の指導では勝てませんよ。」
 南先生がイラッとしたのが分かった。
「そんなことありません。楽しく活動した結果勝てる、私はそう信じてやっています!中村先生みたいに厳しくやるのは、私の信念に反します。」
「うふふ、随分自信がお有りのようですね。そこまで言うのなら、一つ勝負をしてみない?今度の市の大会でどちらの部活が県大会に行けるかを。もちろん勝負事だから、何かを賭けないといけなわね。」
「賭けるって…何をですか?」
「そうね。私達は教師だから、お金を賭けるわけにはいかないわね…そうだ、髪を賭けてみない?負けた方が髪を切るのよ。バッサリショートにね。それでどう?」
「なんですって?髪をですか?」
「そうよ。嫌なの?自分の指導に自信があるのでしょう?もちろん私が負けたら、私も潔くショートにするわ。」
「でも…。」
「いいのよ断っても。その代わりに私の指導の方が正しかった、そういうことになっても良ければね。」
 南先生の表情が変わった。
「分かりました。そこまで言うのなら受けて立ちます。でももしお互いの部活が市の大会で負けたり、あるいは両方とも県大会に行った場合はどうなるのですか?」
「その場合は引き分けで、何もなかったことにするわ。」
「つまり私のソフト部が県大会に行けばいい、そういうことですね?」
「その通りよ。ただし私のバスケ部だけ県大会に行った場合、あなたの長い髪はバッサリと切らせてもらうわよ。」
「先生もバッサリ切る覚悟があるのなら、それでいいです。」
「ふふ。言ったわね。約束したわよ。じゃあまたね。」
 
 罠にかかったわ。南先生はああ見えて気が強くプライドが高い。そこをうまく利用できた。一人ほくそ笑んでいると、ふいに気配を感じ、ビクッとした。気配の主は神田先生だった。
「なんだ神田先生ですか。驚かさないで下さいよ。」
「ああ、ごめんごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけどね。」
「あ、もしかして今の会話、聞いていました?(もし聞かれてばらされたらまずい。)」
「うん。たまたま通りかかって、何やら切迫していたから途中から聞かせてもらったよ。何でも髪を賭けるんだって?」
「聞かれていたのですね…。そうです。今度部活の成績によって、どちらかの髪が切られることになりました。」
「なんでそんなことをするの?」
「あの女のポニーテールが嫌だから。ただそれだけです。あ、今回のこと、秘密ですよ。」
「そうか…じゃあこの会話を黙っておく代わりに、一つだけお願いを聞いてほしい。」
「私に出来ることならいいけど。」
「見事南先生のポニーテールを切ったら、俺にくれないか?」
「髪を?」
「ああ。俺はこう見えて髪フェチでな。妻の髪も伸ばしては切らせているんだ。」
「先生にそんな趣味があったなんて…。」
「しかもあんな美人のポニーテールはなかなか手に入らない。どうだろう。もちろん少しは謝礼もするよ。」
「髪をあげるぐらいで黙ってくれるのならいいわ。」
「じゃあ決まりだな。」

 さて、ここからが本番だ。確実に県大会へ進まなければいけない。私だって髪を切られるわけにはいかない。
 部員たちを今まで以上に厳しく指導するとともに、今までよりもよく褒めてその気にさせた。飴と鞭を上手く使い、部員のやる気と実力を引き出す指導をしていった。

【南先生】
 勢いでとんでもない約束をしてしまった。もし負けたらこの髪を失う。でも勝てば、あの苦手な中村先生の鼻を明かすことができる。先生の髪になんか興味はないが、偉そうな顔をされなくなる。
 それにしても、なんで髪なんか切りたいのだろう。女性にとって大切な髪を切らせるなんて、何を考えているのだろう。もしかすると…若い自分に対する嫉妬だろうか。髪をバッサリ切ることで、私の魅力を落とそうとしているのだろうか。教育者としてあるまじき行為だ。なおさら負けるわけにはいかない。

 私の信念は、楽しく活動して勝つことだ。厳しく指導して勝っても、それは本質的には怒られるからやるだけで、生徒の自主性が育たない。楽しみながら、自分たちで考えてやってほしい。そう思って指導している。

 もちろん生徒たちには、賭けのことは言わないでおこう。教師が賭けをしたなんて知られると困るし、そんなことで生徒に変な力が入っては、実力を発揮出来ない。いつも通りに練習し、市の大会を迎えることにした。

【中村先生のバスケ部】
 私のバスケ部は前評判通りの強さを見せて、決勝戦に進んだ。飴と鞭の指導が功を奏していた。決勝戦の試合前、部員たちを前にこう切り出した。
「さあ決勝戦よ。この試合に勝てばもちろん県大会、そして全国が見えてくるわ。ここで負けるわけにはいかない。でもあなたたちは十分練習を積んできた。だから大丈夫よ。いつも通りにやりなさい。」
 しかしさすがに決勝戦ともなると、準決勝までとは違い、部員に堅さが見て取れた。そこで奥の手を使うことにした。
「私も絶対に勝ってほしい。よし!勝ったら何か一つあなたたちの言う事聞いてあげるわ。だから全力で勝ちにいきなさい。あ、もちろんお金とかやばいことは駄目よ。」
 この言葉で部員の顔が輝いた。これで上手く行くだろう。

 決勝戦は途中劣勢に立たされたが、エースの3ポイントシュートが立て続けに決まり、第四クォーターで鮮やかに逆転し、そのまま押し切った。県大会出場が決まり、歓喜の輪が出来た。 
 これで一安心だ。バスケ部が県大会に行けたこと、自分が髪を切らなくて良いことが決定した。あとは南先生のソフト部だ。

【南先生のソフトボール部】
 中村先生のバスケ部が県大会出場を決めたのを知った。これでもしソフト部が敗れたら、私は髪をバッサリと切られてしまう。今さら約束を無かったことには出来ない。憂鬱な気持ちになりながらも、部員には悟られないように、いつも通りに部活動を続けた。
 順調に勝ち上がり、準決勝は延長戦にもつれ込んだが、何とか勝つことが出来た。

 そして迎えた決勝戦。
「さあ、今日の試合に勝てば県大会よ。でも気負わないで、いつも通りにやりなさい。」
 そう言って送り出した。しかしいつもとは違い、采配が裏目裏目に出た。私自身が気負っていた。久しぶりの県大会が懸かるだけではなく、この試合に負けると髪を切られる。その2つがプレッシャーとなっていた。
 また、相手は昨年、県大会に行った強豪だった。最終回に満塁ホームランを打たれて万事休す。ソフト部の敗退が決まった…。

 子どもたちを勝たせてあげられなかったこと、そしてこれから髪を切られること。これらが頭の中をぐるぐる回っていた。うなだれる生徒たちに労いと励ましの言葉をかけるのがやっとだった。

 夜、お風呂に入り髪を洗った。近いうちにこの髪は切られてしまうだろう。いい感じに伸ばしていたのに。どれ位切られるのだろうか。あんな約束しなければ良かった。上司に相談しようかな…でも賭けをしたこと自体問題があるし、そこを咎められるかもしれない。どうしよう…。

【断髪式】
 翌月曜日。部活動が終わった夕方、中村先生に呼び出され、空き教室に連れて行かれた。
「さあ南先生、約束は守ってもらうわよ。」
「あの、本当にこんなことするのですか?」
「今さら何言っているの?約束したじゃない。教師として約束は守ってもらわないとね。」

 私の指導方法は間違っていたのだろうか。中村先生の言う通り、厳しくすべきだったのか。生徒たちを勝たせてあげられなかったのは、半分は私の責任だ。責任を取るためにも、髪を切らないといけないのかな…。

 高校生の時、ソフトボール部の2年生エースが、3年生最後の大会で負けた。その時にエースが責任を感じて、長い髪をバッサリショートにしてきたことがあったっけ。あれと同じ状況なのかな…。

 渋々椅子に座らされ、ケープをかけられた。
「そのポニーテールが嫌いなのよ。今まで私が好きになった男性を奪ってきたのは、ことごとくポニーテールの女性だったのよ。本田先生と付き合っているあなたが憎い。だから切らせてもらうわ。」
 やっぱりそんな理由だったのか。なんて醜いのだろう。そんなことだから恋人が出来ないのよ。原因はポニーテールじゃない。あなた自身だ。しかしそう思ったところで、私の運命は変わらない…。
「フフフ、じゃあいくわよ。」

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