しんやファクトリー

自由気ままそうで、そうでもなくて、なんだかんだでやっぱりそうな人

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最近の記事

『やまびこかえし』

「やっぱり山の空気は違うよなぁ。新鮮っていうのかなぁ。こう空気の質がいつもの日常と全く違うというか。やっぱり良いもんだよなぁ。」 パパはそう言うと、テレビドラマに出てくる 明るくて家庭を大事にする何事にも全力投球する父親がよくするような、大きくてだいぶわざとらしい深呼吸をした。 登山を始めてからずっとこの調子だ。今日で何度目だろう。どうせこの後に何度か僕の方をちらちらと覗き見て、僕と目が合うとはにかみ混じりのぎこちない笑顔で、きっとああ言うに決まっている。 「なぁ。やっぱり山

    • 『夕日の染めた公園で』

      「なつかしいなぁ。」 目の前に広がる想像通りの光景に、思わずつぶやいてしまった。考えてみればすぐこの前だったような気もする。でも『なつかしい』とつぶやいてしまったように、もう20年も経ってしまったんだなぁという意識も少しばかりある。 子供の頃よくこの公園で日が暮れるまで遊んだ。あの頃はまだ5歳にもならない頃だった。だからそんなに昔のことは憶えていないのだけれど、補助輪を外した自転車で転んでおでこを4針も縫う大怪我をしたことよりも、幼稚園で好きで好きでたまらなかったスミレ組のカ

      • 『俺とパパと、チョコレートパフェとブラックコーヒー』

        気まずい。 そう思いながらも、目の前のチョコレートパフェはちっとも減っていかない。パフェが嫌いな訳じゃない。チョコレートも嫌いな訳じゃない。むしろ好きだ。正直言えば大好き。ただ、この状況で食べるものではない。中学2年生になってチョコレートパフェかよ。俺は小さくため息を吐いた。 「あれ、ここの旨くなかったか?」 ため息の意味を勘違いしたのか、パパはそう言うと俺が食べているパフェをまじまじと見つめた。 「いや、不味いわけじゃないんだけど。」 「じゃあ、腹一杯になっちゃったとか?

        • 『テツオさん』

          テツオさん。 確かに、そう呼ばれた。 テツオ。声に出されただけなので、それが『徹夫』と書くのか、『哲雄』と書くのか、それとも違うテツオを書くのか、俺にはちっとも分からない。 多分、呼んでいる本人は『テツオ』をどんな漢字で書くのか知っているのだろう。知っていてほしい。いや、覚えていてほしいと言う方が正しいのだろう。多分、そこまで症状は進行していないはずだ。俺はそう願いたい。 会社の同僚には脅しともとれるくらいの忠告は受けてきた。施設のヘルパーさんには、こういうものだからと諭され

        『やまびこかえし』