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兄との車中対話

8年目の東京。
あと数日で、私はここを離れて故郷に帰る。


引越し第一弾として、兄がアパートまで車で迎えに来てくれた。


私の兄はとにかく「ガキ大将」という言葉がよく似合う、無鉄砲で人情に厚い人間だ。
美しくて心やさしいお嫁さんがいて、2歳になる息子がいる。
側から見たら幸せの象徴という感じ。
ここに辿り着くまでの血の滲むような努力は、全てを語らなくても兄の姿から伝わってくる。

そんな兄とは会うこと自体は久々では無かったものの、2人きりで話すことは2年ぶりくらいだった。
気まずいわけではないが、3時間弱の実家までの道のりはさぞかし暇だろうなと思って、本を何冊か携えて車に乗った。




「東京は道が狭いし、自転車がミサイルのように飛んでくるなぁ」

文句を垂れながらも慎重に運転してくれる兄。


結婚をして子どももいる兄だからこそ、こんな機会はないと思って、気恥ずかしかったけれど、今付き合っている彼のことを相談してみた。

これから東京で独立する彼。
その一方で実家に戻って公務員をする私。

この先、どうしていけば良いか単純に助言が欲しかった。
忖度なくリアルな言葉を欲していたのだ。



「お前にとっての幸せな状態って何?何があれば幸せだって思う?」

「家族がいて、できれば子どもがいて…」

普段あれこれと幸せについて考えているくせに、いざ聞かれると戸惑う自分がいた。

「そこから逆算したほうがいいぞ。それを得るために何が必要か考えるってことね。」

なるほど。
常に最悪の場合を考える私とは逆の考え方だ。
どの状態が最高に幸せ(ゴール)なのか、全ては得られないから、そこから取捨選択(逆算)をしていくこと。

「あとな、これが一番大事なんだけど」

なんだろう。

「期限を決めるってことだね。」

「それは常々思ってる。」

「直前にあれこれ考えても感情に引っ張られるだけだからな。明確に決めろよ。男はどうにでもなるけれど、女性はそうもいかないからな。」

「うん、そうだよね。リミットがあるよね。」

「そう。お前が子どもが欲しいなら尚更な。言い方が悪いけど、賞味期限とリスクがある。だからそれまでに相手とこの先の人生ずっとやっていけるかを見極めるんだぞ。」

「うん…」

「それはお前一人で考えるんじゃなくて、〇〇(姉)や〇〇(兄のお嫁さん)にも相談して、色々話を聞いておくと良いぞ。」

「わかった。」

それから兄は続けた。

「今の時点で俺は息子からとんでもない恩恵を受けてるんだよ。〇〇(息子)は他の子に比べたらかなり手のかかる子だけどな、こんなに幸せで尊い時間は無いぞ。これは子どもを育てないと絶対に経験できなかったことだよ。本当に良かったと思ってる。」

今も昔もガキ大将の兄からこんな言葉が聞けるなんてね。

そしてウジウジと考えている私に、励ますように言った。

「ま、一度きりの人生だからな!楽しめよ。お前の人生なんだからな。」


あぁ、これが私の兄なんだよな。
世話焼きで困っている人を放っておかない人。


サービスエリアでトイレにダッシュする兄を見ながら、もうちょっと計画的に生きなよと思う私。
「なんか買いたいもんあるか?」
出発前にちゃんと確認してくれる兄。

これが兄妹だね。


結局、持ち込んだ本は一文字も読まずに実家に到着した。



人って定期的に血の通い合った存在と対話をすることが大切だなと思った。
これは私の家族が比較的仲が良く、どちらかというとウェットな関係性にあるから言えることだとは思う。

身内だからこそ、あえて包み隠すことなくストレートにものが言えること。
プライドを捨てて腹を割ってSOSを出せること。
素性がわかっているからこそ手を差し伸べ合えること。

おそらくそういうものが私の心のセーフティネットになっている。

8年間、好き勝手に暴れさせてくれた家族には感謝している。
それを言うと、
「こちらこそ、たくさん楽しませてもらったよ」
と言ってくれる両親。
「目一杯遊んどけよー!」
と言ってくれる兄姉。


これがどれだけ尊いことか、少し前より今の方がずっとよくわかる。

今年は姉の子どもも産まれるから、とにかく家族に恩返しする年にしていこう。

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