【物語】グレープサイダー【700字程度】
憂鬱な朝だ。
朝食の席にはパンにピーナツバター
昨日見た悪夢のような色のグレープサイダー
向かいの席には最愛のテディベアが座っている。
もちろん、「2人分」の朝食を並べて、
僕は僕の分を食べ終え、親指についたピーナツバターを舐めとる。
そして、グレープサイダーを飲み干すと、テディベアの席の朝食分を捨てる。
これは、僕にとって儀式だ。
何度と繰り返す「悪夢」を忘れないための儀式。
彼女はこの5階のマンションから飛び降りて死んだ。
「私を忘れないでね」
という短い置き手紙のような、遺書だった。
僕は彼女が落下していくのを丁度、3階の階段を上がりきった廊下の窓から見てしまった。
窓越しにも聞こえるほどけたたましい笑い声を上げて彼女は落下していき、僕と一瞬目が合うと嬉しそうな目でそのまま駐車場のアスファルトに鈍い音を立てて、死んだ。当時の僕は気が動転して慌てて3階から覗き込んだが彼女の頭部から流れている血は丁度、グレープサイダーと同じ紫色をしていた。
その日からだ。
「私を忘れないでね」
の遺書が呪いのような声で囁くのだ。
夜には嬉しそうに落下していく彼女の夢を見、朝には2人分の朝食を用意し、彼女の血液と同じ紫のグレープサイダーを飲み干す。
冷蔵庫に張った彼女の短い遺書は、「私は生きている」と言わんばかりに存在を放つ。
本当はどこかで生きているんじゃないか?
と僕は彼女に対して思っている。
僕は憂鬱な気持ちで玄関の小さな鏡に向かってニコリと笑顔を作ると、「仕事の顔」を作る。
これでも、幸せなんだ。
悪夢、儀式、幻想。
これらが狂気の中にあって、不幸と呼ぶのなら僕はそういう価値観の人間に仕事用の笑顔を作り、「そうですか」と一言で壁をつくるだろう。
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