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終わりなき旅

 あれは、24年前の今頃の季節。


 退社時刻を大幅に過ぎた午後9時過ぎ、当時の課長から別室に呼び出された。

 当時は総務部門の部署に配属されており、当時の課長は人事担当の課長でもあった。

 「4月から1年間、金融機関に派遣研修に行ってもらう」


 突然の通告だった。


 当時のトップリーダーは職員の民間感覚を養い政策能力を高めるために、民間企業に職員を派遣しており、これまでは百貨店へ派遣研修を行っていた。

 それが来年度は県下最大の金融機関へ派遣研修が行われることになり、白羽の矢?がたったらしい。


 困惑していた。
 
 
 「拒否することもできるが明日までに結論がほしい」


 課長は通常の業務命令のように淡々と通告した。


 一日考えた。
 
 独身だったので誰とも相談することなく悶々としていた。

 「研修とはいえ民間の企業で働けるだろうか?」

 「法規担当の今の業務もイヤだが、金融はもっと苦手だ」

 「そもそも拒否という選択肢があるだろうか?」


 気が付けば1か月後には、金融機関の会議室で、ローカルのテレビ局、地元の新聞社などマスコミに囲まれながら、金融機関の頭取とトップリーダーに挟まれながら調印式という名の記者会見をする羽目になった。

 当時は民間企業、それも金融機関への研修派遣は珍しかったから地元マスコミも喰いついた。

 
 哲学と競馬とサッカー観戦が好きで、ブーたれながら行政の仕事をこなしているだけだった28才が、自分の意志と関係なく県下最大級の民間企業に放り込まれた。


 最初に配属されたのは、本店の研修担当課だった。

 当時、フジテレビで織田裕二主演の「踊る大捜査線」というドラマが放送されていた。「踊る大捜査線」は刑事ドラマでありながら、それまでのカーチェイスや人情ドラマ的な刑事モノと違って、警察機構を会社組織に置き換え、署内の権力争いや本店(=警視庁)と支店(=所轄署)の綱引きなどを描いている。

 県下最大の金融機関はまさにこの構図そのままだった。


 頭取や専務、常務などの役員から担当部、担当課、支店に至るまで指揮系統に明確な上下関係があり、本店の指示に支店は絶対服従だった。

 派遣研修者である自分からの依頼ですら、支店長はへりくだっていた。

 
   しかしながら、自分は金融機関に派遣されたのに、なぜ研修担当課なのだろう?という疑問はぬぐえなかった。

 そして、研修担当課でも、企業におけるトップシークレットな部分をどこまで部外者の自分に開示したらいいのだろうか?どこまで業務を部外者にやらせたらいいだろうか?自分の扱いに苦慮しているようにも見えた。

 おそらく、官公庁のトップや企業のリーダーはマスコミ受けなどを狙って歯車の一つを派遣し、受け入れたにすぎない。

 だが、受け入れ側の総意ではないトップ同士の決断に、現場は苦労する。

 

 当時の研修担当課のチームの皆さんにはご迷惑をかけた。

 だが振り返ってみると、そのチームは出世コースだったことに気が付いた。

 自分を指導していただいた3人のチームのみなさんのうち、2人は金融機関の役員であり、1人は金融機関から転出してある市の市議会議員になっている。

 そんな優秀な方々に指導していただいたが、環境の変化となじめない雰囲気に正直参っていた。

 
 部外者がミッションもなく、業務を遂行するのは難しい。

 自分にもプライドがあるので、何かで企業の役に立ちたいと考える。

 だが、お客さんには仕事は与えられない。

 臨時職員のような雑務をこなしながら、半年を過ごした。


 10月から、企画担当課に配属が変わったがその状況は変わらなかった。

 結局、1年間で自分のモノになったのは、エクセルやワードなどのパソコンスキルくらいだったろうか?


 失意のまま1年を過ごした。


 ただ、振り返ってみると、未知の環境の中でも自分を奮い立たせ、欠勤もせず毎日片道1時間通い続けたあの日々が財産になっている。

 
 官公庁とはまた違った企業の掟、そして闇の部分を知ることができた。
 
 法人として金融機関とのお付き合いも深くなった今、せっかく金融機関に研修にいったのだからの融資の審査やその仕組みをもっと勉強しておけばよかったと後悔することもある。

 それでも、あの時があって今がある。


 1年間の研修派遣の最終日の帰り道、カーステレオから流れるMr.Childrenの「終わりなき旅」を聴きながら、目に涙を浮かべ自分を励ましたことを思い出す。

 閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
 きっときっとって僕を動かしてる
 
 いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
 もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅


 今も変わらず、終わりなき旅は続いている。


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