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ラストパイ東京公演



セリフなく踊りだけで綴られる今作は、
見方に決まりも正解もなく、
意味を都度知らせるものでもありません。
この二作品に焼き付いているのは、
「何か」が失われていくのを分かっていながら
その「何か」をもがきながら
抱きしめようとする姿です。



2023年3月22日~26日
東京・Bunkamuraシアターコクーン


『黒田育世再演譚 vol.2』
「波と暮らして」「ラストパイ」


3月26日、大千穐楽



いつもの、あのリズムが聴こえはじめて
会場の空気の質が、どこか途端に鋭くなる。



ラストパイが、はじまる。



この瞬間は、何度公演を観ても慣れることなく。



でも、これで最後なんだ、と
理解した頃に鳴り始める、松本じろさんの音色。


力強い音にハッとすると同時に、

無彩色の光に照らされる織山くん、
いや、ソリストの姿。


力強くステージを踏み鳴らす音が、
シアターコクーンの空気を揺らした。


何かを拓いては、
何かに手を伸ばして、

何かに憑かれるように
舞い上がったと思えば
薄く口角を上げて、
まるで「これは自分の意志だ」というかのように
ステージに円を描いて、

掌にある何かをぼうっと
見つめるようにしたかと思えば
また、何かに手を伸ばして。


抗うように、

受け入れるように、

何度も何度も、自分の肌を鳴らして。


舞台に倒れては、もう二度と、
起き上がって来れないのでは無いかと、
毎回思わされる。


終盤、

松本さんが鳴らす音も、
振り付けも、ラストスパートにかかった頃。

かっこつけることも一切せず、
一切の邪念もなく踊るソリストの姿を見て、

きっとこれが「ラストパイ」なんだろうと。


高く跳びながら、今までで1番大きく
放たれた声はきっと

意識ではなく
体の芯から
心の底から
魂から


出された叫びだった。


最後まで力を抜くことなく、
美しく繊細な振り付けを踊り抜いて、


大きく舞った織山くんは
松本じろさんのイラストの


「ソリスト」そのものだった。


暗転した舞台に響くリズム。

それが鳴りやんで、
優しく紡がれるカーテンコールの合図の音楽。



最後のラストパイを

踊りきった織山くんは

どうなってしまったのだろう。


そんな心配を他所に、
群舞のお2人の手助けを得ず、
一人堂々とステージの真ん中に
織山くんが立つ姿を


誰が想像出来た?


きっと会場にいた観客、
群舞の方々、誰も想像つかなかったと思う。


きっと、無理をしているのかもしれない、
いや、しないと立てない。

だとしても、その姿を見せてくれたことに
涙が止まらなかった。


よくやったな、と言わんばかりに
群舞の方に頭を撫でられて、


ステージに上がってきてくれた
黒田育世さんに涙ながらに抱きしめられて、


たくさんの観客が入ったシアターコクーンを
見渡して、


鳴り止まない拍手と歓声に応えるように
手を振って、

織山くんは
ずっとずっと笑っていた。


その笑顔は
邪念が無くて、
まるで

子どもみたいな純粋な笑顔で。


本当に本当に、美しかった。




私は正直、
祈りのような、呪いのような
儀式のような、業のような


この、「ラストパイ」を観るのが怖かった。


憑かれるように舞うのは織山尚大という人間か、

それとも別の物になってしまっているのか



そもそも、これは「何」なのか



ここまでの人生を生きてきて、
感じたことの無い表現に
理解が追いつかず、

あまりに正解が見えない、
自分がこの演目に対して何を思うのかを
まともに言葉に出来ないことが、


もどかしくて、

それが何よりの恐怖だった。




千穐楽を迎えた今日だって、

私はまだ、言葉に出来るだけ
この作品を理解出来てなんていない。

けれど、


男性とか、女性とか

人間とか、動物とか


そういう、カテゴライズされたものを超えた

何かを、

失って

見つけて

抱きしめて

愛して


それがもしかしたら

生きるということなんだろうか、なんて



やっぱり、上手に言葉になんて出来ないけど。




ただ、今日の日を

この作品との出会いを

織山くんが見せた眼差しを

あの舞台全体を揺らす、
とてつもない生命力を



私は一生、

忘れたくない。


忘れられるわけない。


そう、思う。



舞台鑑賞は娯楽であって
人生に必要不可欠かと言われれば
そうでは無いのかもしれない。


だけれど私はこの
「波と暮らして/ラストパイ」という
舞台に出会えたことで


こんなに、生きようと思わされてしまう。



人生最大の壁を乗り越えた
織山くんのこれからは

きっと、こちらが想像なんて出来ないほど
成長してしまうのだろう。





全9公演、本当にお疲れ様でした。



あなたがやり遂げたソリストは

きっと

いや、確実に

たくさんの人の生きる力になったはずです。



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