コラム:地政学大国ロシアの大戦略
地政学を国家運営に取り込んでいることで知られている国家はなんといってもロシアです。プーチン大統領の基本的な戦略は地政学に基づいて決定されたロシアの栄光と発展を実現するための国家拡大であると言えます。
例えば、クリミア半島をウクライナからロシアが奪い取ったのも、クリミア半島がロシアにとって地政学的に極めて重要な役割を果たしているからです。
今回のコラムではロシアの地政学的な戦略について解説してゆきます。
1.ドゥーギンと現代ロシアの地政学
ロシアは典型的なランドパワーです。広大な国土と膨大な資源を持ちますが、それ故に精強な陸軍を必要とする上に外海に出るための港を一切持っていません。従って「国家のどこにリソースを注ぎ込むべきか?」という問題からは逃れられず、地政学的な国家運営には大きなメリットがあります。
加えて、ロシアには「冬に地面が凍ってしまう」という独特の事情もあります。これは非常に大きな問題です。何故ならば、ロシアは冬に地面が凍るゆえに、ロシアの伝統的な生き方…つまり、家族単位で夏に大量の物資を抱え込み、冬はそれで食いつなぐ、という生き方以外では基本的には死ぬのです。これもロシアにとっての地政学の重要性を高めています。
現代ロシアの地政学をリードするのは、プーチンのブレーンことアレクサンドル・ドゥーギンです。ドゥーギンは地政学、哲学、政治思想などを専門とする学者で、彼の政治理論は「ユーラシア主義」として知られています。ドゥーギンの多くの著作はロシアで非常に高い評価を受けており、特に彼の書いた『地政学の基礎』に関する本は、ロシアの様々な意思決定を行うエリートの必読書として多くの教育機関において教科書として使われています。また、ドゥーギンは政治家としても活動しており、プーチン大統領の戦略はドゥーギンの地政学の理論に支えられていると言われています。
さて、ユーラシア主義について先に説明しておきましょう。まず、ソ連崩壊後のロシアを取り巻く空間を距離に基づいて分割します。
・ロシア:0番目のサークル
・旧ソ連の国家:1番目のサークル
・旧ソ連に近接するユーラシア大陸諸国:2番目のサークル
・アメリカや西欧諸国:3番目のサークル
以上のように分割したとき、「ユーラシア主義」とは1番目と2番目を重視するべきだ、という主張です。ちなみに、3番目のサークルを重視する場合「大西洋主義」と呼ばれます。ドゥーギンの重要な功績は、「ユーラシア主義」をよりロシア的に発展させたことにあります。
ドゥーギンはドイツ地政学を完成させたと名高いカール・ハウスホーファーの理論から影響を受けて「ロシア流のランドパワーの地政学」を完成させました。ハウスホーファーの地政学は以下の五つのテーゼによって成り立ちます。
①生存権と国家拡大理論
②経済自給自足論
③ハートランド理論に基づくランドパワー・シーパワーの対立
④統合地域論
⑤ソ連とのランドパワー同盟による世界支配
今回のコラムでは上記のテーゼについて解説はしません。重要なのは、「世界をブロックに分けて米ソ日独などが各地域で主導的な立場を確立して秩序を維持」(加えてハウスホーファーは「それを取りまとめるのはドイツであるべきだ」と主張しています)及び、「ソ連とのランドパワー同盟による世界支配」という主張にあります。なお、ハウスホーファーの「生存権と国家拡大理論」はナチスやヒトラーに影響を与えたとされています。
2.ドゥーギンとフィンランド化
ドゥーギンの基本的な主張は、アメリカおよび大西洋主義のユーラシアにおける影響力を失わせ、ロシアが併合や連携を通じてユーラシアにおける影響力を再構築していくべきだというものです。つまり、ロシア人の世界統治のための闘争はいまだ終わっておらず、ロシアは反ブルジョア・反米革命の舞台であり続けているということになります。
ドゥーギンの理想とするロシアは、「西洋主義、アメリカの戦略的支配、リベラルな価値による支配の拒否」を実現するユーラシアの帝国です。そしてその実現の為には、特務機関による破壊及び不安定化、洗練されたプログラムによる諜報戦と、天然資源を有効に活用することによる他国への圧力が必要である、としています。
これは極めて有効な攻撃手段です。前者は「物資配分ミスを誘発する」こと、後者は「使える物資自体を減少させる」ことを目的としており、いずれも首切り定理もしくは足切り定理の発動を狙ったものだからです。一応、下記に参考として解説へのリンクを置いておきますが、端的に言えばスタイリッシュ兵糧攻めです。
そして、ドゥーギンはロシア最大の課題は全欧州の「フィンランド化」であるとしています。「フィンランド化」というのは冷戦時代に独立を維持して国際的には中立でありながら、ソ連の影響下にあったフィンランドとソ連の関係になぞらえてロシアの理想的な全欧州の状況を示す単語です。つまり、ドゥーギンは「全欧州諸国が政治・経済体制は現状維持のまま、NATOを脱して軍事的に中立となり、ロシアの影響下に置かれる」という状況を実現したいのです。このため、ロシアの地政学的な戦略は極めて高度に練り上げられており、その分効率的で、人権に反するものとなっています。
つまり、ロシアは自由主義の敵である、ということです。ドゥーギンは主要な政治理論を「自由主義」「共産主義」「ファシズム」の三つと定め、ファシズム、共産主義に勝利を収めてきた自由主義だが、あらゆるアイデンティティを解放した果てに現実とかけ離れた虚無主義に至った今、自由主義の終局は近いと語っています。ドゥーギンは自由主義の先の社会について、思想家としても多くの著書を残していますが、今回はそちらの方には触れません。
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