コラム:EUの地政学的混乱 第三章:イギリス&ドイツ編

 ヨーロッパの地政学第三回は、大航海時代から第一次世界大戦にかけてのイギリスの地政学、そして宿命的にそれと敵対する関係にあるドイツの地政学です。イギリスは大航海時代では後発組でしたが、スペインやポルトガルの前例を研究した結果、世界の盟主になることに成功した典型的なシーパワーです。

1.イギリスの地政学

 イギリスの地政学はヨーロッパの地政学と密接に関わっています。ヨーロッパ唯一の純粋なシーパワーであるイギリスは、他のヨーロッパの国家全てと敵対する関係にあります。

 もしもヨーロッパの国家が全て統一されてしまった場合、イギリスはイベリア半島とフランスからやってくる強大な海軍に周囲を完全包囲されて完全に詰みます。加えてドーバー海峡は泳いで渡れる程度の距離しかなく、陸軍主体のフランスですら攻め込むことが可能です。従ってイギリスは、常に「ヨーロッパを統一させないため」にヨーロッパにあらゆる手を駆使して攻撃を仕掛ける宿命にあります。

 ”ヨーロッパ大陸を断じて単一の国家に支配させない”。これがイギリスの伝統的な外交です。

 さて、イギリスが主権国家として絶対主義を確立させたのは十七世紀以降になります。当時のシーレーンの核は大西洋からカリブ海でした。このシーレーンの取り合いのために、当時のヨーロッパの国家達は私掠船…つまり、国家公認の海の傭兵を作り出すことで、海軍力の不足を補っている国家すらありました。

 当時、海軍力の不十分な後進国であったイギリスはこの私掠船に目を付けました。エリザベス1世は膨大な私掠免許を発行し、特にスペイン・オランダ・ポルトガルの交易船などを襲う海賊に対して援助を行いました。そして私掠船の海賊行為によって得た金銭で、強引にシーレーンを奪い取ったのです。スペインとの決戦であったアルマダ海戦当時のイギリス艦船の3/4は商船…つまり私掠船でした。イギリス海軍は大海賊団から始まったのです。

 最近ゲームで有名になったフランシス・ドレークは、完全なる海賊でありながらもナイトの称号を持っていました。これはエリザベス1世が与えたものです。ドレークはアルマダ海戦における勝利の立役者であると共に、世界一周によって膨大な財貨を稼ぐことによってイギリス王室の溜まっていた債務を全て清算、更に植民地の管理を行うことになる東インド会社の設立にも寄与しています。つまり近代英国海軍は、海賊から始まったと言えます。

 イギリスと言えば産業革命により世界の覇権を得たというイメージが強いですが、実際は逆です。まずテューダー朝による軍事政権が成立し、エリザベス1世による大西洋とカリブ海のシーレーンの奪取、しかる後に膨大な原材料の供給と使い勝手のいい奴隷たちの供給によって、イギリスは産業革命を経て世界の工場となったのです。

 軍事覇権が産業を改善し、その産業の改善が更なる軍事覇権を約束する。正にシーパワーの理想とするシーレーンの支配、お手本のような世界の覇者の国家運営と言えます。それを象徴するのが第一次世界大戦前の3C政策です。

2.ドイツの地政学

 一方、ドイツの地政学は完全にイギリスの利益と相反します。ドイツは確かに海に接しているのですが、ドイツはイギリス海軍を破らなければ大西洋に出ることができません。シーパワーのイギリスに海軍力で勝利するのは不可能です。従ってドイツはランドパワーにならざるを得ません。

 しかし、ドイツは中途半端な場所にあります。地中海はイタリアの物ですが、イタリアの盟主になるには遠すぎます。イベリア半島を取りに行くならフランスを倒さなければなりません。オマケに土地も痩せていて、第一次産業が十分に発達する余地も特にないのです。

 従ってドイツの生きる道はたった一つしかありません。それが、巨大な鉄道輸送路を作り上げて、強引に物流路を自らの所に吸い込むことです。ドイツは工業国として名を馳せていますが、工業が強いから鉄道に頼る必要があるのではなく、鉄道に頼らなければならないから工業が発展したと言えるのです。

 しかし陸路には「攻撃コストが安い」という決定的な弱点があります。そもそも船がないと歩けもしない海路と、その気になれば棒切れ一つで殴りかかれる陸路では、攻撃側の初期コストが決定的に異なります。そして試行回数を重ねれば”どこかの誰かはうまくやってしまう”ことになり、ドイツは決定的なダメージを負ってしまいます。

 つまり、ドイツは鉄道輸送路を作るだけではなく、高いコストを払って守り抜かなければなりません。それを成すためには、ヨーロッパ中にドイツ陸軍を配置する必要があります。言い換えるなら、”ヨーロッパ大陸をドイツ主体で統一せねばならない”。これがドイツのランドパワーとしての基本戦略になります。

 第一次世界大戦前のドイツ帝国の3B政策も、ドイツ第三帝国の戦争も、究極的にはドイツはこの基本戦略を必ず実行せねばならない、という地政学的拘束に起因しています。

3.近代ヨーロッパの陸と海の地政学


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