投網

【クンター流カレン族生活体験 その⑩】

<投網でラブラブ・デート>

 いやあ、今年の冬は寒かった。前回の記事でも書いたように、昨年末に恒例の寝具や防寒着の支給式があったのだが、あまりの寒さゆえか年明け早々、再び赤十字社による緊急支給が行われたほどだ。 

 もっとも、予想外にたくさんの人が詰めかけたため数が足りなくなり、本物の山奥ほどには気温が下がらないわが村には「日時未定の後日配布」といういかにもタイらしい結末と相成ったのではあるけれど・・・。

 それでも、ゲストと共に過ごした年末年始は十~十一度というほどほどの最低気温で推移したのだったが、一月初旬になって突然急降下。半世紀以上にわたって日本の寒さに鍛えられてきたと自負するさすがの私も、なかなかふとんから抜け出すことができず、あやうくこの原稿に穴をあけるところだった。いやはや。

 さて、ところがである。朝飯のあと熱い薬木茶をふうふう啜りつつ焚火の前で丸まっていると、女将が「投網で魚獲りに行こうよ」ととんでもないことを言い出したのだ。

 この寒いのに、魚獲り~い!? 

 おいおいおい、貴様~!

 還暦プラスワンの風前の灯のごとき我がはかなき命を、一気に吹き消す算段かあ? 

 と、冬の日本にいるのなら逆上するところだろうが、なにせここはタイである。たとえ最低気温が十度以下になろうと、日中の気温は三十度近くになるんである。直射日光の下なら、簡易温度計が一気に五十五度にまで上昇するんである。

 どうだ、参ったか! なんぞと一人力んでも仕方がないのだが、やはり日中の陽差しは強烈だ。従って、素足で川に入れないこともないのであるが、当然のごとくまだ水温は低い。

 長時間浸かっていると、雅(みやび)な温泉町育ちの柔肌美肌がじんじん冷えてきて、はかなき命も急速に縮んでしまう。

 だが、この村に生まれ育った女将に言わせれば、「新年を迎えると水は次第にぬるくなっていくんだよ」ということになる。シャワー代わりに使う水浴び場の貯水なんぞよりも、はるかにあったかいそうなんである。

 その証拠に、この変態、もとい、麗しくたくましいわが嫁は、数日前にもゲストを伴って二時間を超える丸網漁を敢行し、かなりの釣果を収めている。そして、その小魚はナムプリック・プラー(魚唐辛子味噌)となってわが宿のカントーク(籐編み座卓)を豪華絢爛に飾った。

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 もっとも、冷水に慣れていないゲストにはもっぱら岸から見物してもらい、ほんの短時間だけの丸網体験となったのではあるけれど・・・。

 むろん、わが嫁もさほど寒さに強いわけではない。なにせ、川に入る時に身につけているのは水をたっぷりと含む木綿服なのである。そこで必需品となるのが、村の薬草・薬木入りラオカオだ。

 この米焼酎、火にくべると青い炎があがるほどに強い。これを小さなペットボトルに詰めて肩掛け式のカレンバッグにひそませ、川に入る前、漁の途中、岸辺での休憩中など、つまりは四六時中ぐいぐいっと引っかける。

 プハーッ! すると、どうです。腹の底からぬくもって、冷たい水もなんのその。漁もぐんぐんとはかどるという寸法。

 ところが決して忘れてならないのは、体が冷えきっている間にはその酒精が沈潜して酔いを感じないという点だ。そこで、ついつい飲む量の加減を誤ってしまいがちになる。

 そして、実際にこれを誤ると、漁を終え岸にあがって日だまりの中で魚籠の中をのぞきつつ「あたしの勝ちだ」「いやいや、おいらの方が多い」なんぞと子供のように釣果を競い合っているうちに、それまで腹底に鎮まっていた酒精が一気に爆発暴走して、足元まで覚束なくなってしまうのである。

 やれやれ。魚獲りに来たんだか、酔っ払いに来たんだか。

 それでも、娯楽の少ないわが村での気分転換にはもってこいだ。つまり、わが村の魚獲りは自給自足活動であると同時に、健全なる男女のデートおよびレクリエーションも兼ねているというわけ。

 そうして、間もなく二月半ばともなれば、嬉々として川に飛び込む子供たちの歓声が川辺に響き渡る。

  (※全62回分の電子書籍刊行準備中で無料公開はひとまず終了します)

              

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