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Pre-opening

『出来たら0時前に来てくれたら嬉しいかな。』


とは言われたものの 彼女に会えるには小一時間ほど掛かってしまう。


月に1度あるかないかの残業を終わらせて 向かうも時刻は22時半過ぎ。


(さすがにちょっと休もうっと。)


ネットカフェで少しばかり仮眠をとって 目が覚めたのは0時半。


(少し寝るだけでだいぶ違うのよなぁ。)


外で受付をしている男性に声をかける。


「Mさん お久しぶりです。」


「あぁ〜ふゆほたるさん!…今日もいつも通りで?」


「そうっすね。」


「ちょっと久しぶりだったんで 声をかけられた時 学生かと思いましたよ~笑」


「学生っぽかったんですね笑」


基本的にGパンにTシャツの短髪メガネには それくらいの印象なのかもしれない。


何度目かも分からないけど あたすはエレベーターで『3』を押す。


エレベーターが新調されていて新品さながらだった。


それでも あたすがわざわざここに来て呼び出す人だけは決まっていたりするから 変わらない想いと変わっていく物事があるんだろうと感じてた。


「いらっしゃいませ!…久しぶりじゃないですか?」


ここに務めているボーイさんは みんな優しく柔らかさがあるから好きだ。


「先月タイミング逃してこれなかったんですよね~。」


正直に言うに限る。


「じゃあ…今日はラストまで?」


「もちろんですよ…短いですけど笑」


おしぼりを渡されながら そんなことを交わす。


1本目のタバコの煙を元々は映画館だった広い店内に僅かながら充満させた。


「Sさんです。」


あたす寄りの体型をしたボーイさんがSちゃんを席に導いた。


「Sちゃん久しぶりだね~…あれからお肌の調子はどう?」


「めっちゃ覚えてる〜!…来週あたりに念願のダーマペンなんです!」


以前訪れた時も指名しているHさんが来るまで いわゆるヘルプに来てくれて 柔らかい雰囲気なのも知っていた。


きっとSちゃんは 前に出過ぎるタイプではないから こういうお店では 年上のダンディなお兄さん方に刺さるだろうと想像がついたりする。


Sちゃんが教えてくれたのは お肌の調子がホルモンバランスで崩れやすいこと。


そして ホルモンバランスを取るために処方箋としてのピルを飲んでいることだった。


Sちゃんは お肌がナイーブらしい。


「もう落ち着いた感じなの?」


「実は前々から予約はしてたんですけど ずっと延期にしてたんです。」


「一歩前進だね~。」


嬉しそうに語れることがあるのは幸せなことだ。


女性というのは いつでも いつまでも美しさを追究する性質だ。


だからといって 男性がパートナーの女性に美しさを追求したり追及するのは また違ったりする。


何もせずに美しさに翳りを感じて 言葉だけで外見を兎や角言うのはダサい。


また綺麗に もっと綺麗になりたいと思ってもらえるような言葉やフォローをするのが王道であり女性が求めていることも往々にして有り得る。


「お…来たな。」


ちょっと他人からは強いと思わせてしまいそうなクールビューティがあたすの指名する女性だ。


実のところ 天然属性高めの楽観的な中身だったりする。


きっとあたすは中身も外見もカワイイだけでは推したりしない。


Hさんの情に厚く芯があるところも同時に知っている。


だから また会いたくなる。


夜の世界は入れ代わりも激しく生き残りも難しい。


そんな世界で彼女は生き残り 10年以上もこの場所に通い続けているわけだ。


あたす以外の他人がどう思うかは問題にもならない。


ただ あたすはそんな彼女だから 限りある命というコストを賭けてもいいと現在進行系で思っている。


「最近さぁ…もちろんこの仕事好きだし楽しいんだけど前みたいに楽しめなくなってる自分がいるんだよねぇ~…」


おそらく中々見せることはない言葉と表情を露わにした。


「別に前みたいじゃなくて良いんじゃない?」


人は良くも悪くも戻れない。


戻れないからこそ 今を受け入れてベストな感情でいるのが大事。


「なんか…前みたいに楽しめたらなぁって悩んでるんだよね。」


分かるさ。


過去みたいな感覚が戻ってきてほしいのは。


違和感があるんだろうな。


歌い続けていると高い声が出にくくなったり 長く声を出し続けるのがシンドい時がある。


彼女にも あたすにもある この違和感を払拭したいなら 今を受け入れながら 努力を重ねるしかない。


「あたすはさ…常に今の自分がベストだって思えるように努力したり考えたりするマインドセットだけは忘れないようにしてる。」


Hさんは考えるように言葉を待った。


「こんなこと言ってるけどさ…自分のことって自分が解決するしかないんよ…いくらアドバイス聞いても 何かから影響を受けても 結局 最後に決めるの自分だから。」


見放したわけではない。


それが事実で逃れられないから伝えた。


ここから先は 他人の出る幕は無い。


その後はHさんとも親友のAちゃんが泥酔して 左足を捻挫したことを面白可笑しく話して 笑い合った。


Aちゃんへの心配を心に持ちながら。


そんなこんなしていると どうやら時間のようだ。


「待ってて。」


「分かった。」


1週間ほど前のこと。


『そろそろ年齢が1つ上がるっぽいのよ。』


『じゃあ来た時はアフターだね。』


彼女だから 自分が誕生日を迎えることを言えた。


あたすは自分から この手のことは明かさない。


年齢を重ねるのは 自然なことなもんで。


祝ってもらえれば 嬉しい。


だからといって わざわざ祝ってほしいとも思わない。


早い話がどっちでもいい。


こだわることじゃない価値観なだけだ。


ただ居心地の良い人と過ごす為のきっかけにしたかっただけなんだよね。


Hさんもあたすも訪れる共通のダイニングバーがある。


満席で入れない時は 別の場所を探そうと話しながら 向かう。


お店の混み具合を確認したくて 覗き込んでいると あたす達は 入ったことのない方向に案内された。


「こっち初なんだが笑」


「ね?…私もだわ。」


店内にかかるEDMにノリながら注文を促すオーナー。


お店の奥にはDJブースがある。


オーナーさんはDJでもある。


「なんにする?」


「ジャスハイで!」


「それだな。」


踊りながら調理しているオーナーさんに注文を済ませる。


他に頼んだのは『ピクルス』と『オリジナルホットドック』と『唐揚げ〜チリソース〜』の3品。


案内されたカウンター席の近くに他のお客さんが頼んだであろう『オリジナルホットドック』があったのだ。


「旨そうじゃね?」


「食べたいかも…全部だと多い…」


「乗っかってるハラペーニョ食べてくれれば 後はあたすがいただくパターンどうよ?」


「なら食べる!」


といった流れだ。


彼女は仕事柄 スタイルの維持も業務内だ。


会う度に労うのがお決まりだ。


努力しているんだ。


真っ直ぐに認めるヤツが1人くらい居てもいい。


そんな彼女が美味しいと教えてくれた唐揚げを食べない理由が逆になかった。


「好きそう?」


あたすの口に合うか心配する瞳が愛しいと思うと同時に 口内に広がるのはカレースパイスの効いた唐揚げと甘辛く少しだけ酸味も効いたチリソースなわけで。


なんだか渋滞を起こしそうなものだが これがアンサンブルのようにバランスの取れた旨味だった。


「うまっ!」


安堵していた。


ふと外をみる。


「いや…朝なんですけど笑」


「5時か…早いなぁ。」


夢中になると時間の流速は河の上流みたく速い。


「お会計ください。」


「ここは私が。」


「じゃあ今日は甘えちゃおうかな~。」


気持ちで動くお金は穢れない。


素直に受け取れる自分でいたい。


「Sくん!」


お店の店員さんで歳下ではあるけど やることはやるSくんが近くに来たから声をかけた。


「聞いてよ~…綺麗なお姉さんからご飯奢ってもらっちゃったんだけど…ヤバくね?笑」


「それ…ヤバいっすね笑」


「こんな人生も悪くねえわ〜笑」


「次は歌いましょ?」


「だね~。」


月よりも太陽が優勢の空がある。


「今日はありがとう。」


「こちらこそ。」


「いや初めてあっち側の店舗入ったわ笑」


「聞いたら今日からプレオープンだったらしいよ笑」


「そうなの?」


「私も知らなかった。」


「Hさん知らないなら あたすが知ってるわけないわ笑」


抱き締めて甘い言葉を囁くのは あたす的には比較的 簡単ではあるのだが そういうのじゃないから手を振って振り向かずに別れた。


また本格的に夏に突入するであろう頃に会いに来よう。


きっと覚えているのは 偶然巡り会ったプレオープンのタイミングで彼女が隣に居たことだ。


オープンな心で。

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