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声のいい人目指します

 今日もお疲れ様でした。今日はジャケットを着ててもちょうどいいくらいの(職場が山の上なので)気温でした。だんだん日も短くなって、もの悲しくなってきますが、こんなときはやっぱりそういう季節にぴったりの曲を聞きたくなります。CDを再生する機器が壊れてしまってからはあまり音楽も聴かなかったのですが、半年くらい前にApple Musicのサービスに無料体験で入ってしまい。その便利さから抜けられなくなって。またたくさんの曲をダウンロードして聞くようになりました。

 ほんとにいろいろな歌手、バンドの曲がきき放題ですが(一番好きな歌手の曲はなぜか1曲も入っていない。そんなにマイナーでもないはずだが)、お気に入りの歌を集めてPlaylistをつくってききます。そのリストを眺めていて思ったのは、やっぱりずっと変わらず好きな歌手って、曲とか歌詞以上に声がいい人だよなってこと。「いい」っていうのは、「ええ声~」では必ずしもなくて、自分が好きな声ってこと。

 職業柄、声の重要性はいつも感じさせられます。私の声は低くてくぐもっているので、マイクを使って下さい、といわれることもしょっちゅう。よく通る声の先生、ええ声の先生はほんとに羨ましいし、ずるい!って思う。相手に聞いてもらえるか、相手を納得させられるかって、内容より、声質が大きいというのが私の持論であり、言い訳。一時期よくテレビに出てた姜尚中って学者さんみたいな。彼が喋り始めるとみんな聞くんだもん。私も彼の発言の内容はよくよく聞いてみるととても賛同できるようなものではなかったが、ええ声やなあ~って聞いてしまってたりした。
 ただ、やっぱり先生の声も、歌手と同じで、聞き手にとって好き嫌いがあるみたいで。こんな私も、ごくたまに「先生の声ええよね」と言ってもらえることもある。声って、骨格とか体格とか物理的なものと、性格とかそれまでの生き様とか(生き様ってことばは本来おかしいらしい。「ざま」は、死にざま、ざまあみろ、みたいによくないことに使うのかな)が全て現れるのかな、と思ったりしてます。だから、声のいい人になりたいな、と。声のいい人。どっかの環境大臣みたいに声が「セクシー」とか、最近はやり?の「イケボ」とかカタカナ語じゃなく、声のいい人。それ、めざしましょ。まあ、それは目指すべき目標というよりはよく生きた先の結果なんだろうけどね。

あ、そういえば、note って、「声」とか「調べ」っていう意味あるよね?みんなの「声」ってことなのかな?

 

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