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生き様を観ている ~王座戦第四局雑感~

前書き

第71期王座戦を藤井聡太挑戦者が制し、前人未到の八冠王が爆誕しました。
推しの偉業達成に浮足立ちたい、手放しで喜びたい。祝福したい。
そんな欲求をぐいぐい隅に追いやってくるでっかい感情があります。
なんだか吐き出さないと先に進めない気がして、なんとかに文章にしてみたいと思います。(将棋ワカラナイ方の観る将なので差し手の話はしません)
永瀬前王座についてです。

事件発生

評価値があっちへこっちへ揺れ動いた終盤、評価値が藤井挑戦者1%、永瀬王座99%に。
劣勢であってもまだまだ何かある!と期待しがちな藤井ファンであってもさすがに本局はこれまでか?といったムードのコメント欄。
一分将棋の中永瀬王座の指した一手で突如評価値は藤井挑戦者91%、永瀬王座9%に。画面上には指した手に対する「悪手」との無情な表示。

やがてその手がまずかったことに気付いた永瀬王座はこれまでに見たことがないくらいにストレートに動揺し天を仰ぎ髪を搔きむしり、感情をあらわにされたのでした。

その悔しさがこちらにまでぐっさりと刺さるわけ

ご自身の名誉王座という称号の獲得を懸けた今回の防衛戦に、数年来の研究パートナーである藤井聡太挑戦者を迎えた永瀬前王座、事前のインタビューでも棋士人生で得た全てを出すとの並々ならぬ決意を語られていたのでした。

永瀬王座「誰かが牙城を崩さないといけない」|8/31開幕!第71期王座戦 五番勝負
https://abema.tv/video/episode/268-17_s1000_p51

元々軍曹と呼ばれるほど棋士の中でも格別の努力家でありながら、藤井さんには人間を捨てないと勝てない、と王座戦に向けてさらにギアを上げて準備されてきた証拠に、王座戦全般的に永瀬王座の優位な場面が多かったのでした。

そのような決意や覚悟や積み重ねてきたもの、観ている側もわかっているとまでいうとおこがましいかもしれませんが、上記の記事のような情報に触れた範囲で理解していましたので、通常はポーカーフェイスで淡々と行われる対局(たまにわかりやすくがっかりする21歳さんもいますが)の中、あれほど心のままにわかりやすくストレートに悔しい気持ちを態度で示されたことで、こちらの心にまで悔しさがぐっさりと流れ込んできたのでした。
何度も頭を掻きむしる様子は、まるで「ここを勝ち切るための今までじゃなかったのか!」と自分に猛烈に怒っているかのようで、こちらが涙ぐんでしまいました。

対峙している藤井七冠はといえば、もう勝ちを確信しているだろうに投了するんじゃないかってくらいうつむいてどんよりしていました。
藤井七冠の心にも、永瀬王座の悔しさが流れ込んできたのでしょうか。
終局後インタビューも完全に負けた人のようなオーラをまとっていたのでした。ずっと劣勢でたまたま最後に相手にミスが出ただけで本当に勝ったって気分じゃなかったという要素も大きいのでしょうが。

将棋ワカラナイ私が観ているもの

駒の動かし方くらいはかろうじてわかるよ!レベルの私がなぜ対局中継を見続けるのか、内容があまり理解できてない将棋を眺め続けて一体何に心惹かれているのか、自問自答した結果は棋士の生き様を観ている、ということ。
将棋大好きっ子の中から、ほんの一握りの才能や環境に恵まれた人たちだけが棋士になることができて、その中でトップ棋士と言われるのは並大抵のことではなく、みなさんもれなく尋常ならざる情熱や献身的な周囲の支えなどのエピソードにあふれています。
そういう背景があって今ここでこの二人は対局してるんだ、と思うと単に将棋というゲームをしている二人というより、色々背負ってここまできた二人の人生のぶつかり合いを観ているという気持ちになってきます。
そうなってくると内容がわからなくてももう目が離せないのです。

今回の王座戦ではどストレートに「藤井さんに棋士人生の全てをぶつける」と公言されて盤を挟んだ永瀬王座の生き様を見せつけられました。
恰好良かったです。
すでに絶対王者感のある藤井七冠を前に、私だったら負けちゃうかもしれないという弱気含みで保険をかけたコメントをしてしまいそうなところです。
将棋のことがわからなくても、勝負においては相手がどんなに強かろうがひるんだ時点でもう負けたようなもの、ということくらいはわかります。

人間だから人間の心に響く

人間を辞めないと藤井七冠に勝てない、そう言って努力されてきた永瀬王座でしたが、最後の最後に見せた悔しさは全てを出し切った結果だったからこその「人の心」そのもので、それが観る者の心までも貫いたのだと思います。
棋士の背負うものに今回のエピソードが追加された今、観る将としての沼にまた一段と深くはまり込んだことに気付くのでした。


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