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月、満ちる、懸ける③


「あれ。カケル、声低くなった?」
「…え」

 いつもの朝食風景。
 先にテーブルについてバターロールをフルーツヨーグルトにつけて食べてるミチルに、いつも通り「はよ」と首を鳴らしながら声をかけた時だった。
 ミチルの指摘に思わず自身の喉仏をしめつけるようにきゅっと触れてみる。気にならなかったと言ったら嘘だった。常に風邪をひいているみたいな違和感はあった。だけどどこか自分の声は低くならないという自負もあった。なぜなら俺は世界から祝福されていたのだから。ミチルとともに。ずっと一緒に、その柔らかに景色を震わす高音を奏でられると信じてやまなかった。
 席につくことも忘れて唾を何度も飲み込む俺に、母が「ほら、目玉焼きできたよ」と皿を滑らせてきた。あまり焼いていなかったのだろう、ぷるぷると震えた黄色い半球はじんわり下の部分からあふれて潰れていった。
 そうして俺の世界にも、同じように破裂した音が、いや、あくまでそっと、無声のごとく、そしてモノクロに、じん、と鳴って響いていたんだ。




〈つづく〉

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