悪魔の呪い

高校受験にも成功した。
僕は生まれつき頭が良くて、親に迷惑をかけるような息子ではない。与えられたことを与えられた以上に返し、決して道は踏み外さない。
今日から4月、僕は高校生になる。薄い顔で背の高い僕は大人に見られがちだが、さらに大きく採寸されたブレザーは鏡に映る僕を幼く見せた。

入学式の前、恥ずかしいから間違えないようにと慎重に、何度も名簿と座席を確認した。
向かった僕の席にはそんな恥ずかしい人がいた。僕の椅子に横に腰掛け脚を組んで、片肘を後ろの席に回して後ろの席の女の子と話していた。
腰まであるようなブロンズの髪がこちらを向くと大きな目が僕を睨んで、

「なに?」

と言った。
電流が走ったようだった。固く賢く生きてきた僕にとって、その異様な強気と、大きな瞳の彼女は悪魔のようであった。
僕は戸惑うが、僕の場所をこんな子生意気な悪魔に取られるわけにいかなかった。彼女は僕の目を見たまま立ち上がると睨むようにゆっくりと瞬きをして去った。
こんな奴が僕と同じ問題で受験をして、この高校に入ったのか?ありえない。きっとコネかなにかだ。馬鹿親が大金を払ったか、校長に体を売って黙らせた。とにかく僕はこういう歌舞伎者が大嫌いなんだ。
僕の席の周りに残る、甘い香水が香る。それはまるで魔法使いの世界にある、カラフルなキャンディーのようだった。悪魔が身につけるものだ、鼻につく。
窓の外には桜が散っていた。

それから数日、僕は沢山の友達ができて、初めてのテストでも満点を取り、部活でも期待のルーキーとして順風満帆な高校生活のスタートを切っていた。
彼女はというもの、ある日突然、ブロンズの髪は黒くなり、肩の上まで切られていて、アニメのような目は三次元の範疇に留まるほどマシになっていた。しかし、授業中の先生への言葉遣いや長い爪でチョークを持てないと駄々をこねる姿は僕にはまだ理解ができなかった。

彼女の全てが嫌いだ。

舐め腐った態度、異様なほど幼いピンク色の持ち物、甘ったるい香水の匂い、短いスカート、見た目に合わない低い声も、全部、嫌いだ。

そんな彼女が、放課後の教室で泣いていた。
どうだっていいとも思ったが、この様子を誰かが見ていたら僕は泣いている女の子を放っておいた極悪非道な男になってしまう。
声だけかけて、ジュースでも置いてさっさと帰ろう。

僕はそう思って「どうしたの?」と言って彼女の席の前に立った。
彼女は僕を見て、大きな目を真っ赤にして
「誰もわかってくれない」と言った。
そんなことだろう、わかっていた。お前が悪いんだ。お前の行動が非常識なんだ。僕は馬鹿が簡単にいい気になるような言葉を探して“生きてるだけでいい”なんて言おうとした。
その時だった。

「不器用な行動や屁理屈ばかりの言葉じゃなくて、
見ることも聞くこともできない、心を知ろうとして欲しかった。」

僕を見る瞳に映る僕は酷く動揺していた。
彼女は顔を伏せると声をあげて泣いた。その声が、何故か今だけは愛おしく感じた。
「もう出てって。私に構わないで。」
彼女は言った。

「俺」
「…え?」
「俺なら、わかるよ。」

彼女は下がった眉毛の向きを変えるように僕を睨んだ。気に入らない様子だったが、その整った顔はピンク色の頬を甘い洋菓子のように感じさせ、甘味が苦手な僕はそんな彼女に見惚れてしまった。

「今ここで、抱きしめて欲しいこともわからないあなたに、何がわかるの。」

今度は寂しそうに僕の袖を掴んでそう言うと、立ち上がって僕の胸で泣いた。
悪魔に呪われて動けない僕は、声なんかとても出なくて、彼女の背中に手を回すことしかできなかった。

僕の腕の中でシクシク泣く彼女は、何度も何度も僕の背中を頼っては、時折僕の手を自分の頭に持っていって撫でさせた。
なんて生意気なんだろう。大きな態度を取る幼女のようなこの悪魔は、僕にはとても小さかった。

僕が解りたい。
僕だけが、解りたい。

そう思うと僕は彼女を強く抱きしめた。
驚いて彼女は僕を見上げると、少し微笑んでまた僕の胸に顔を埋めた。
できることなら、このまま潰れてしまうくらい、抱きしめたかった。
もうどこにも行けないくらい、強く、強く。

彼女は僕から離れると、僕に顔を近づけて頬に爪を立てると、「私の髪の毛がついちゃった」と言って床にゴミを払った。
そのままキスをすることを連想した自分が気持ち悪くて恥ずかしい。

青緑のキャラクターのぬいぐるみがついたリュックを背負った彼女はスカートを翻しながら新緑が香る教室を後にした。

僕が教えよう、
今ここで「ありがとう」を言うべきだったこと。
先生には敬語を使うこと。
上履きのきらきらシールは剥がれて汚くなること。
可愛いシャーペンはすぐに壊れること。
君は着飾るよりずっと美しいこと。
僕なら、君の叫びを言葉にできること。

悪魔の涙は恋の媚薬となって僕に差し出された。
いいだろう、僕は契約を引き受ける。

この日から、僕の悪魔は天使になった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?