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【美術・アート系のブックリスト】 執行草舟著『超葉隠論』実業之日本社

‎『葉隠』は、江戸・中期以降に肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が書き留めた武士としての心得。宮本武蔵の『五輪書』が実践的な兵法の書であるのに対して、こちらは武士道の精神論のバイブルとして知られています。岩波文庫にも入っています。「武士道とは死ぬことと見つけたり」のフレーズが有名です。

執行草舟(しぎょう・そうしゅう)さんは菌酵素食品を製造・販売する株式会社日本生物化学(旧バイオテック)の創業者であり、社長。独自の思想をもち、哲学的な本も多数刊行しています。美術にも造詣が深く、執行草舟コレクションを主宰していて、戸嶋靖昌が描く人物画を見たことをきっかけに自分の肖像画を依頼。画家が亡くなるまでの間に依頼主と画家という以上の魂の交感がありました。戸嶋さん没後は稲城市にある画家の居宅兼アトリエを譲り受けて記念館を設立。現在それは社屋内の戸嶋靖昌記念館として存続し、執行さんが館長をつとめています。

さて本書は、執行さんが小学生時代に読んで依頼60年に渡って人生の道標としてきた『葉隠』の意味を読み解いていきます。ただし文言を引用するのではありません。冒頭に『葉隠』から特に大事なエッセンスとして抽出した十ヶ条を掲げ、それを「孤独」「燃焼」「恋愛」「革命」「運命」といった人間の基本的心構え、あるいは生き方として論じています。

著者いわく、これは『葉隠』の解説書ではありません。うまく処世する方法もビジネスに役立つノウハウも一切書かれていません。葉隠的な生き方、死に方とは何かを連綿と綴っていて、その思想を他の思想家や偉人の言葉で補完します。モンテーニュ、カント、ヘーゲル、マルロー、ウナムーノ、折口信夫、ベルクソン、スタンダール、レーニン、道元、利休、ブルトン、ブーバーといった哲学・宗教・芸術の真髄を語り、新約聖書や般若心経さらにヒンズー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』との共通点を挙げていきます。いわば『葉隠』を中心に据え、古今東西の思想との連関で捉えながら、逆に古今東西の思想の核を照らすといってもいいでしょう。

第一部が著者による書き下ろし原稿の思索編。第二部はその思想について、編集者がインタビューすることで分かりやすく解説する質疑応答編となっています。
実は執行さんが戸嶋さんの作品を知ったのは、月刊美術の特集「人間を描く」に掲載された作品によってです。このこと自体、ドラマがあるのですが、ここでは触れずにおきましょう。

平たく言うと、死を覚悟した葉隠的生き方が人間の本来の生き方であり、これによって宇宙の真相と照合できる純粋性に到達できるということになります。一方、ヒューマニズムや民主主義や物質主義がいまの時代の趨勢となっていて、その中で人間は保身のため、利益のため、安全のために非本来的な生き方をしている、ということになります。ここで理想の崇高で純粋な生き方と、現世が対比されています。

ここからが感想。
これは執行さん自身による、葉隠的生き方の実践の書であり、これが正しいとか間違っているとかいう次元の話ではありません。誰かの自伝について、他人は云々できないからです。その意味では、構造的に宗教家の文章と同じです。執行さんが「自己固有の生命の完全燃焼」を実践されてきたことはよく分かります。
また読書の目的は答えを見つけることではなく、問いを探すことだという一文には共感しました。

四六判、408ページ、価格 2,200円(税込)

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