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【美術ブックリスト】『わからない彫刻 つくる編 (彫刻の教科書 1) 』 冨井大裕、藤井匡、山本一弥編

武蔵野美術大学がおくる『彫刻の教科書』第1弾。(第2弾「みる編」が予定されている)
素材も技法も多様となり、他のジヤンルとも重なるため「彫刻とは何か」は特定できず、その概念は人の数だけ存在するという理由で、「わからないもの」とされる彫刻を、多様な理解のままで提示する。

各項目に論者が二人立てられる。
例えばモデリング=塑造の章は、粘土、型取り、樹脂といった素材と技法それぞれに対して、二人が別々の文を寄せる。制作方法の解説と体験的エッセイだったり、制作の段取りと歴史解説だったりと、異なった視点で語られる。
カービング=彫りの章は、木、石。金属では鉄、ブロンズ。ミクストメディアではインスタレーション、レディメイドなど。やはりそれぞれに論者が二人立てられる。

最後に武蔵野美術大学で実践されている多様な授業の内容を解説する。
ここまでが概要。

ここからが感想。
『わからない彫刻』というタイトルからわかる通り、彫刻が多面的であり、その概念は固定的に語り得ないところに本書の出発点がある。素材や技法が多様であるだけでなく、彫刻の役割や目的がそれぞれ異なるからだろう。
ただそれは現代彫刻の特異性かもしれない。これがギリシアやローマの古代彫刻であれば、人体美の再現の観点から語られただろうし、中世以降はキリスト教の神々の顕現、近代ならばロダンに代表される心理的意味の表現といった大義があると想定されるのだが、現代ではそれらが失われているようだ。

そういう時代には「彫刻はこうあるべき」という上からの指針はふさわしくないのかもしれない。論述には制作者の迷いや疑問も含まれていて、断定的でなかったりするので、単なる技法書ではないし、いわゆる教科書的ではない。ただ実際の授業内容はわかるので、これから武蔵野美術大学で彫刻を学ぶ人にとって予習にはなる。当然、美大志望の受験生への強いメッセージにもなると思う。

この2年くらいだろうか、彫刻に関する書籍を数多く目にするのだが、彫刻とは何かという本質についての議論はあまり聞かない。「わからない」というのも一つの答え方ではあるけども、私としては暫定的でもいいのでそうした本質を言葉にしてほしいとも思った次第。

288ページ A5判 2500円+税 武蔵野美術大学出版局

【著者】
冨井大裕・藤井匡・山本一弥・松本隆・黒川弘毅・細井篤・伊藤誠・桑名紗衣子・櫻井かえで・棚田康司・戸田裕介・長谷川さち・原一史・袴田京太朗・髙柳恵里・AKI INOMATA・多和圭三

【もくじ】
はじめに 冨井大裕
概論「なぜ〈わからない彫刻〉か」 藤井 匡
彫刻をつくる
モデリング
「モデリング」について
粘土A 松本 隆/粘土B 黒川弘毅
型取りA 山本一弥/型取りB 細井 篤
樹脂A 伊藤 誠/樹脂B 山本一弥
セラミック 桑名紗衣子
カービング
「カービング」について
木A 櫻井かえで/木B 棚田康司
石A 戸田裕介/石B 長谷川さち
金属
「金属」について
鉄A 伊藤 誠/鉄B 原 一史
ブロンズA 松本 隆/ブロンズB 黒川弘毅
ミクスト・メディア
「ミクスト・メディア」について
インスタレーションA 冨井大裕/インスタレーションB 袴田京太朗
レディ・メイドA 髙柳恵里/レディ・メイドB 冨井大裕
デジタルメディア AKI INOMATA
特色のある授業
「特色のある授業」について
彫刻学科研究室の授業について 冨井大裕/ダンボール 伊藤 誠/内側の形 伊藤 誠/
生物の表現 黒川弘毅/抽象彫刻のABC 伊藤 誠
共通彫塑研究室の授業について 山本一弥/粘土・石膏による彫刻制作 長谷川さち/
塊材による彫刻制作 戸田裕介/面材による彫刻制作 長谷川さち/
あるはじまりの朝 多和圭三
おわりに 山本一弥


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