マガジンのカバー画像

美術・アート系の本

367
美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
運営しているクリエイター

2023年6月の記事一覧

【美術ブックリスト】『橋本関雪 入神の技・非凡の画』橋本眞次・村田隆志編著、白沙村荘橋本関雪記念館・福田美術館監修

7月3日まで開催中の「橋本関雪生誕140周年 KANSETSU ―人神の技・非凡の画―」(白沙村荘 橋本関雪記念館、福田美術館、嵯峨嵐山文華館)の公式カタログ兼書籍。 明治・大正・昭和戦前期の京都画壇で活躍した橋本関雪。 漢学の素養や中国・ヨーロッパの見聞をもとに、四条派の技術で写実的に描いた作品から、南画の写意的な作品まで発表した関雪の全貌を凝縮した一冊。大判サイズの誌面に、120点余りの図版と詳細な解説を付している。 橋本関雪の邸宅・白沙村荘の建築と庭園も紹介するなど

【美術ブックリスト】『はるかなる「時」のかなたに: 風景論の新たな試み』辻成史編

文学、人類学、考古学、芸術学など専門も対象とする時代も異なる7人が、「風景」をテーマに提示する論文集。 美術に関しては第6論文の三木 順子「風景が行為になるとき――ポスト風景画の時代の自然と人間」が、ポロックのアクションペインティング、スミッソンのアースワークにおける「自然」の体験を風景の経験として摘出する。 また第7論文の尾崎信一郎「風景としての美術――抽象表現主義からミニマル・アートへ」は、グリーンバーク流のモダニズム理論で語られてきた抽象表現主義、ポスト・ペインタリ

【美術ブックリスト】『マチスのみかた』猪熊弦一郎著

著者は日本における抽象絵画の第一人者。戦時下のフランスに渡ってマティスに学び、帰国して従軍画家となったのち、戦後はアメリカで抽象表現主義の影響を受け、帰国後は具象と抽象を合わせた独自のスタイルで活動した。 本書は、「美術手帖」「別冊文藝春秋」「芸術新潮」「みづえ」「アトリエ」などの雑誌への寄稿文の中から、マティスをテーマにしたエッセイを集め、作品図版やアトリエでの写真など100点以上を添えたもの。 弟子から見たマティスの伝記の体裁をとった、珍しい作家論。 ここまでが概要。

【美術ブックリスト】『星野画廊50年史 明治・大正・昭和 発掘された画家と作品』星野画廊編

京都の星野画廊といえば、無名作家や歴史に埋もれた作家に光を当てることで知られる異色の画廊。 知名度に関わりなく、埋もれた作家を発掘し、石を磨くように作品の真価を見極めて紹介してきた。秦テルヲ、甲斐荘楠音、不染鉄といった画家が世に知られるようになったのは、星野さんの力が大きい。創業以来の160回に上る展覧会の記録を収録。会場の展示風景、案内状、雑誌や新聞の掲載記事など圧倒的な数の図版と解説文で50年を振り返る。 「発掘された珠玉の名品 少女たち —夢と希望・そのはざまで 星野

【美術ブックリスト】『五角形と五芒星』Eli Maor著、Eugen Jostイラスト、宮崎興二監修・翻訳、パウロ・パトラシュク翻訳

著者は1937年生まれ、イスラエルで学びシカゴで教える数学史家。幾何学や三角法についての著作がある。 本書は五角形と五芒星について、約2500年にわたって数学、哲学、芸術、自然科学の世界で果たしてきた役割を詳細に記述する。幾何学的な性質から各分野に与えた影響を、数式とイラストで解説する。 五角形を神話的としたピタゴラス学派から、合金の5重対称性がノーベル賞受賞につながった研究、建築に見る五角形など、人類史の中での五角形を理解できる。 ここまでが概要。 ここからが感想。

【美術ブックリスト】『マグリット400』ジュリー・ワセージュ著

著者は美術史家、キュレーターでブリュッセルのマグリット美術館に在籍する。 生涯に残した作品の中から、研究者である著者が400点を選んで収録した作品集。 その生涯を7つの時代に分けて、時代を追って作品を追う。各章のはじめにその時代のマグリットの状況を記していて、伝記としても読める。 キュビスムや抽象絵画の影響が見られる初期から、次第に独自のシュールな画風へと変遷し、それと同時に描写が写実的になっていく様子がよくわかる。 ここまでが概要。 ここからが感想。 言葉のような意味

【美術ブックリスト】『近代日本美術展史』陶山伊知郎著

著者は読売新聞社の事業局で、多くの美術展に携わり、2020年に退職したらしい。 いまでは当たり前のように美術館で開催される展覧会だが、その歴史を一望するような基本的な書物が見当たらないことに気づいた著者が、長年の調査の末に著した通史が本書。明治期の書画会、文展、大阪の百貨店で始まった美術展などの生成期、社会の近代化とともに新聞社の知の民主化の一環として美術展が開催されるようになった大正期、戦時下の動き、戦後の美術館と新聞社の連携事業、大型展の時代など、時代ごとに美術展が担って

【美術ブックリスト】『展示の美学』水嶋英治編

イタリア・ゴッピオン社は、美術館などの展示空間、照明デザイン、展示ケース、保存設備などのメーカー。2004 年にはルーブル美術館のモナ・リザのケースも担当した世界的メーカー。過去に手がけた10ヵ国36都市60の博物館・美術館から、展示写真260点余を収録したのが本書。 文字通り世界中の美術館と博物館の実際の展示を撮影した写真を1ページ1点の体裁で掲載。その上に「筆者の詩的感覚名付けた」キーワード、下には『博物館・美術館学用語辞典』(François MAIRESSE編 Dic

【美術ブックリスト】『春画の穴: あなたの知らない「奥の奥」』春画ール著

著者は学生時代に見た北斎の絵で春画に目覚めた「春画ウォッチャー」。2018年から活動を始めたところ、新潮社の目に留まり、「波」で連載開始。本書はそれをまとめたもの。 性行為を描いたのが春画だが、それを性描写の歴史としてだけでなく、世相や文化的背景を読み解いていく。 自慰行為の背景にある貞淑、淫乱防止の影にある儒教道徳、嫉妬の利用、女学生のブランド化、また後家、奥女中、看護婦といったアイコンあるいは春画のジャンルごとの性のイメージを解説する。 ここまでが概要。 ここからが感

【美術ブックリスト】『名画のコスチューム: 拡大でみる60の職業小事典』内村理奈著

著者は西洋服飾文化史が専門の日本女子大教授。 2021年刊行の『名画のドレス: 拡大でみる60の服飾小事典』(平凡社)の姉妹編ともいうべき、美術作品に見る西洋服飾史事典。 前著が王侯貴族のドレスだったのに対して、一般市民の職業ごとの衣装や、農民、道化師の服装、花嫁のドレス姿、さらに乞食の身なりまでを紹介している。 服飾事典であると同時に、職業事典ともなっている。 ここまでが概要。 ここからが感想。 著者もあとがきで書いている通り、絵画の登場人物の衣装には脚色や理想化が含まれ

【美術ブックリスト】上路市剛作品集『受肉|INCARNATION』上路市剛著

ミケランジェロ作のダビデ像、康勝作の空也上人立像などの著名作品をモチーフに、生身の人間のようにリアルな彫刻へと作り上げる彫刻家による作品集。 美術史では語られてこなかったが、著者はこうした過去の作品には「同性愛的美意識」があったはずで、それを現代的な視点で再現しているとのこと。原型制作、型取り、彩色、植毛などの工程を経た制作は、彫刻というより「受肉化」といった方が良いようで、タイトルはそれに因む。巻末に制作に関する作家インタビューを収録。 上路市剛によるオリジナル義眼(桐

【美術ブックリスト】『知れば知るほどおもしろい女性画の秘密』 佐藤晃子著

西洋美術史を飾った女性像70点を、時系列で追って解説していく、コンパクトなガイドブック。 キリスト教絵画の聖母、神話画に登場する女神、王侯貴族の肖像画、市井の女性、女性画家の自画像など各時代の美術様式に応じた女性画を取り上げ、モデルの女性のエピソードや画家自身の半生も交えながら紹介する。 「モナリザ」「オフィーリア」「受胎告知」など有名作からあまり知られていない作品までいろいろ。ほとんどが西洋絵画だが、例外的に鈴木春信や上村松園の日本の絵画も挿入されている。 ここまでが概要。

【美術ブックリスト】『評伝良寛:わけへだてのない世を開く乞食僧』阿部龍一著

江戸時代の禅僧、良寛について様々な角度から光を照らす評伝。 相馬御風、斎藤茂吉、夏目漱石といった大正期の文豪によって顕彰されることで全国的に知られるようになった経緯から書き起こされる。一般的な伝記と異なり、環境、宗門との関係、そしてなにより残された詩歌に深く分け入って読み解くことで、良寛像を更新する。 ここまでが概要。 ここからが感想。 良寛といえば童心のような純粋で素朴な人柄の「大愚」のイメージで語られる。それはそれで間違いではないのかもしれないが、地位や財産を捨て、宗門

【美術ブックリスト】『金巻芳俊作品集 タメンタヒ』金巻芳俊著

目や鼻など顔の造作が蛇腹のように増殖する木彫で知られる彫刻家・金巻芳俊の国内初作品集。 仏像彫刻の多面多臂(タメンタヒ)に触発されたその表現は国内外で注目を集める。初期から代表作までを収録し、ドローイングやマルチプルも掲載。 予備校時代からの盟友である美術家・蜷川実花との対談も収録。 ここまでが概要。 ここからが感想。 人間の内面の両義性を即物的に表現した「アンビバレンツ」の作品は、衝撃的であると同時に木彫の伝統が見えて感心した記憶がある。抽象概念の即物的表現というのは