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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2021年12月の記事一覧

【美術ブックリスト】 佐藤晃子著、伊藤ハムスター(イラスト)『源氏物語 解剖図鑑』

これまで百人一首、国宝、古代エジプトなどをテーマにしてきた「解剖図鑑」シリーズの最新作。源氏物語の世界を図解する。 エピソードごとに見開きで解説している。簡潔な「あらすじ」に、当時の時代状況や習慣、物語の前後とのつながりなどの解説がつく。大きな比重を占めるイラストは、登場人物を犬と猫で表現し、宮中の建物の構造や平安時代の死の観念など物語の背景として知っておくと良いさまざまな知識を図解してくれる。 これだけを読んでも源氏物語が分かるわけではないけども、入門の際の手助けにはな

【美術ブックリスト】東京造形大学附属美術館監修『美術館を語る』

全国各地で活躍する学芸員が、これから同職を目指す学生に向けて現場の状況や担当者の生の声を届ける。 東京造形大学の学芸員課程で、コロナ禍によってままならなくなった博物館実習の代替プログラムとして企画されたゲストレクチャーを文章化、さらに書籍化したもの。全国の特に地域の美術館学芸員が登壇者で、しかも全員が東京造形大学の卒業生。つまり学生から見れば先輩の活躍を通して、いまの美術館の状況や問題点、解決方法を聞ける。 美大の授業、学芸員養成の授業を垣間見られる書籍はあまりないので貴

【美術ブックリスト】君島彩子『観音像とは何か 平和モニュメントの近・現代 』

もともと一切衆生を救う菩薩であった観音は、「観音経」では状況に応じて三十三の姿に変化すると説かれ、「華厳経入法界品」では補陀落山に住むと言われ、「観無量寿経」では阿弥陀如来の脇侍として死者の魂の救済者となるなど、様々に解釈され意味づけされてきた。その威力を神格化するために千手観音や十一面観音の変化観音が生み出され、神仏習合では天照大神との習合も説かれた。 本書はそうした変化していく観音が、近代では仏像の域を超え、さらに宗教の域を超えた時代の要請に応える広い意味での「信仰」の

【美術ブックリスト】『コノキ・ミクオの詩と造形』

コノキ・ミクオ(此木三九男)は彫刻家。銚子近辺の方言で、鉄くずや使い古して捨てられた道具のことほガンダというらしく、鉄の端くれを原料にした「ガンダ彫刻」を制作する。 本書は、彫刻作品に詩を加えた月刊ギャラリーの連載100回分をまとめたもので、2012年8月から2020年11月まで、つまり東日本大震災の爪痕が残る時期から、毎年のようにやってくる台風や豪雨、そしてコロナ禍までの激動と不穏の時代を映している。 詩はやや社会批評的だったり、文明批判的なものが多い。また自然や芸術に

【美術ブックリスト】 川舩敬監修『髙田啓二郎画文集 Kの劇場』

髙田啓二郎はほぼ無名の画家。 病身のため思うように外出がかなわず、41年という短い生涯に3000枚をこえる画や詩を遺した画家。本書はその遺作200点以上を収録し、家族、友人たちの証言をまとめた画文集。 ほとんどが人物画で、独特の素朴な線は味わい深い。健康ならばきっと画壇でも活躍できただろうと推察できます。ひとりぼっちで描き続けた孤独と切なさが全編にわたっていて、むかし芸術はこんなだったなあと思い出させてくれました。 来年2月に渋谷・BUNKAMURA ギャラリーで出版記

【美術ブックリスト】佐藤泰生『マスクはおしゃべり』

コロナ禍で風景が変わった。人も変わったし、表情も変わった。著名な洋画家の佐藤さんが、想像のおもむくままにさまざまなマスクをした顔をドローイングで描き、一冊にまとめたもの。 「マスクは隠すものだが、逆に見えてくるものがある」と、画家特有の遊び心で世の中に明るいアートを投げかけます。 80ページ、遊行社、 A5版、1760円

【美術ブックリスト】 エリーザ・マチェッラーリ著 、栗原俊秀訳『KUSAMA:愛、芸術、そして強迫観念』

イタリア人の著者による草間彌生のマンガ伝記。草間さんの自伝『無限の網』をそのままマンガにしたような本ですが、マンガというかイラストが味があっていい。 草間さんの輝かしい光の部分と、反面の悲哀の部分を的確に描いている。これから現代アーティストを目指す人にとっては必読の書。 現代アートを流行のカッコイイアートと思っている人が読むと、その深さと続けていく辛さがよくわかるはず。 ‎ 花伝社、‎ 144ページ、1980円、A5判 https://amzn.to/3dhU4P2

【美術・アート系のブックリスト】橋爪節也、宮久保圭祐編『EXPO'70 大阪万博の記憶とアート』

本書は2020年4月から7月に予定されたものの、コロナ禍によって6月から8月に延期開催された大阪大学総合学術博物館の「なんやこりゃEXPO'70 大阪バンバクの記憶とアート」展に基づいて執筆された論考とエッセイで構成されたもの。 「人類の進歩と調和」をテーマに開催された1970年大阪万博を豊富な写真と資料で振り返り、奇抜な建造物、あっとおどろく映像、斬新なデザインという記憶を辿りながら、蘇るアートに見えるもの、万博そのものや、開催地周辺にその後与えた影響などを掘り起こしてい

【美術・アート系のブックリスト】黒田智『たたかう神仏の図像学: 勝軍地蔵と中世社会』

勝軍地蔵とは、中世日本に生まれた日本製の軍神。13世紀に生まれ、戦国、江戸、日露戦争から太平洋戦争まで作られて信仰されてきた歴史がある。 戦乱に明け暮れる中世社会に、人びとは、仏法により正当化された武を奮い、平和と安穏を創造する神仏を希求した。その誕生はもとより、時代とともに変貌をとげながら、なぜ今日まで800年間生き続けてきたのかを、各地に残る700点余の作例の丹念な調査によって読み解く。 勝軍地蔵信仰の誕生と中世的世界観を読み解くことで、800年にわたる戦争と平和の歴

【美術・アート系のブックリスト】高島直之『イメージか モノか: 日本現代美術のアポリア』

戦後日本の現代アートを総括しようとする専門家の本が増えている。 本書は「反芸術」から「もの派」、ハイレッド・センターによる山手線事件、赤瀬川原平の模型千円札裁判など。1960年代から70年にかけての日本現代美術の潮流を、当時の批評家や作家の実践を通して読み解く。 その際、イメージとモノという二項対立あるいは相反する二軸で見ていく。現象するイメージの問題として美術を模索する方向と作品のモノとしての存在の問題として美術を考える方向は、哲学上の「観念と物質」のアレンジのようだが

【美術・アート系のブックリスト】 五十嵐公一『裁かれた絵師たち: 近世初期京都画壇の裏事情』

京都の有名絵師のスキャンダルに切り込んだのかと思いきや、そういうことではなかった。 2013年京都国立博物館で開催された「狩野山楽・山雪」展の準備途中で、山雪が金銭トラブルにより龍舎に入れられた史実が発見され、その根拠が京都所司代の裁判資料『公事留帳』にあることがわかったので、この資料を詳しく調べたらほかにも絵師がかかわる訴訟があった。 現在ではわからない当時の商習慣や裁判の判断基準などを掘り起こしながら、この金銭トラブルの顛末を明らかにしようとしたのが本書。とはいえ資料

【美術・アート系のブックリスト】中村宏著、嶋田美子編『応答せよ! 絵画者 中村宏インタビュー』

中村宏は、画家。正直私もよく知らなかったのだが、社会派というか、美術による反体制運動を展開していたらしい。本書は、戦後日本のモダンアートを研究する外国人研究者によるインタビュー集を、日本の読者のために通訳者であった編者がまとめたもの。 画家は略歴によると53年青年美術家連合に参加。読売アンデパンダン展、ニッポン展、日本アンデパンダン展などに出品。55年前衛美術会に入会、同年日本大学芸術学部美術研究室入所とある。 砂川での米軍基地拡張反対闘争などに参加して、それをテーマにし

【美術・アート系のブックリスト】ダニエル・バーニー・トンプソン著『トンプソン教授のテンペラ画の実技』

1936年出版の「The Practice of Tempera Painting」は、テンペラの技法書として長年研究対象となってきたチェンニー二『絵画術の書』(1400年頃)に言及しながら、出版当時の学生や画家たちのためにテンペラ画の実践的な制作を解説している。 本書はそれを翻訳して2005年に日本語版として出版された第1版を、本文をわかりやすくし、図版と訳註を加えて現代に学ぶ人たちの益とした改訂第3版。佐藤 一郎 が監修し、東京藝術大学油画技法材料研究室、東京藝術大学保

【美術・アート系のブックリスト】 古沢由紀子『志村ふくみ 染めと織り』

読売新聞連載「時代の証言者 志村ふくみ」(2013年)をもとに加筆修正。植物染料と紬糸による紬織の重要無形文化財保持者であり、97歳の染織家・志村ふくみの聞き書きを中心にまとめた評伝。 前半の「時代の証言者」は、新聞連載のためのインタビューをもとに大幅加筆して再構成。後半「妣への回帰~新たな民芸を求めて」は、連載終了以降から2020年までのインタビューや取材を中心に構成。 志村の言葉をまとめた地の文にライターの解説文が挿入される形式は、両者が明確に分かれてはいるものの、読