見出し画像

特撮怪獣の泪よ、何処へ ‐前編‐

第一話  < 初恋怪獣の泪? >

何処へ

――その瞬間、顔の半分が吹っ飛んだと思った。
 わたしは、重く、熱くなる顔面を抱え込んだままその場にしゃがみ込んでしまいました。

「立て、立てよ、瀬﨑!」助監督の厳しい言葉が飛ぶ。

 しかし、わたしの顔面はまったく持ち上げられなくなっていました。

 着ぐるみをきた〝U〟の中身であるA氏の視野は、殆どないに等しい。

〝U〟は地球上で3分の命だが、中身の人間のほうは、実は、1分ともたない。

〝U〟のスーツは厚手のダイビングスーツで、皮膚呼吸ができないうえ口元の空気穴がカメラにばれないように無いに等しい。
そんな過酷な状況の中で撮影は進められ、殺陣師K氏のつけた動きに従って左足を蹴り上げただけだった。

しかし、その〝U〟の蹴り上げたつま先が、不運にも、怪獣の首元にあるのぞき窓兼空気穴のシャを突き破ってわたしの右目に突き刺さってしまったのだ。

 立ち上がれない!!

 着ぐるみが剥ぎとられ、わたしは病院に運ばれた。

「来るのがあと30分遅れていたら失明していましたよ」そう医者に言われました。
 しかし、そのときのわたしには、その言葉が、安堵の響きになって聴こえました。

 水の合わなかった業界と、これですっぱり縁が切れる。

 わたしが続けられなくなった残りのカットを、代わりに、あの口うるさい助監督が替わることになった、のですが、怪獣らしい動きがまったくできずに、結局残りのカットは編集でまかなわれた、と聞いた。

 数か月の安静を告げられ、わたしは意を決して事務所に向かい、そこで、この仕事を辞めて郷里に帰りたい。と伝えた。

 すると事務所側は、
「契約違反で違約金を支払わなければならない」という理由で、それまで〝U〟の特撮にたずさわった約三カ月間のギャラは、1円も支給されませんでした。

 業界に飛び込んで約二年の間、月平均一週間程度の仕事と、三万円に満たないギャラの生活で(この頃からサラ金に手を染め始めていた)初めての、まとまった収入を手にできると思っていたその全てが、泡のように消え去ってしまったのです。

「そんな契約があったんだ???」

「しかし、しかし……だからこそ、それならそれでいい!!」

 このとき、わたしの入っていた第三話の失恋怪獣〝Hoー〟が……、
スタントマンに憧れて、親をはじめあらゆる反対を押し切って飛び込んだ芸能界で夢破れた……、自分に、重なって見えました。


第二話 <夢はハリウッド?>


 それより遡ること半年ほど前のこと。

 事務所からの仕事が途絶えがちで、(8時だよ全員○○!・仮面○○ダーのショッ○ー役などで出演)月のギャラがほとんど無い日が続いていたそんなある日のこと。

 家賃1万円のアパートの部屋に訪ねてきた事務所の先輩に、突然、こう告げられました。

「円○プロが、日米合作の映画を撮ることになって、そこに登場する白いゴリラのオーデションがあるから、おまえ受けてみろ!」

 それは、〝アイボリーエイプ〟という白いゴリラをめぐる話で、撮影はバミューダという島でのロケだという。

 おまけに出来上がった作品は日米で放映される予定である……と。

ここから先は

6,276字 / 5画像

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?