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美しいほどにシンプル

ある日,知り合いから街中で面白そうな社会実験がある,と教えてもらった.社会実験というと何か大げさな印象があるが、実際には、面白いアイデアだけど法律や諸々大人の事情で恒常的に実施することが出来ない施策を試しにやってみるための大義名分、ということらしい。

それは、広島の「並木通り」という片側一車線ほどの通りを、その車線一つを封鎖して公園にしてしまおうという社会実験らしい。封鎖された車線には、ベンチと、キッチンカーやポップアップの飲食ブース、それにおびただしい数の植物のプランターが配置され(プランターと言えども、背丈は2m、3mほどに達するものも多い)賑わいをつくるとのことだった。

その植物をセレクトして実際に持ち込むのが、叢-Qusamura という屋号で植物、主にサボテン、接ぎ木をした個性的な色や形のサボテンを扱うことで良く知られている小田康平さんだ。その叢さんがその社会実験の中で、サボテンの接ぎ木のワークショップを開催するという。叢のサボテンたちはインテリアや建築の分野にもファンが多く、僕もいつも気になってはいたものの、アロエを枯らしてしまうほどの植物と自分の相性の悪さにこれまで手を伸ばすことは無かった。もちろん、それなりにそれらはみな良い値段でもあったので、そんなサボテンを買ったところで枯らしてしまうのなら勿体ないやら申し訳ないやらでとても購入する気にはなれなかったというのが正直なところだ。

ただ、今回は「接ぎ木のワークショップ」というところが何か僕の気を引いた。自分で接ぎ木をするということに強く惹かれたのだと思う。あの個性的な顔立ちのサボテンをつくるノウハウを体験できるなんて。ワークショップの日程と自分のスケジュールを確認すると、僕は反射的に申し込みのメールを送っていた。うまく育てられなかったらどうしよう、という不安よりも興味の方がはるかに勝っていた。ほどなく先方から、ワークショップは参加人数の上限に達しているが、幸い1名なら席を準備できるという返事が返ってきた。タイミングよく滑り込みで参加できるようだ。お礼を述べ、参加する旨を伝えて返信をした。

数日後、僕はその「社会実験」の真っただ中にいた。新型コロナウィルスのオミクロン株の急激な感染拡大に対応してまん延防止措置がちょうど開けて初めての週末だった。3月後半の春の兆しと、そのようなタイミングが重なって、マスクを付けてはいるもののみんな賑わいを懐かしむように集っていた。そんななか、道路を片車線封鎖して生まれたジャングルのような広場の通りの一番際のところ、そこに、目当てのワークショップのブースがあった。

僕は他5名ほどの参加者と一緒に、小田さんの手際よいデモンストレーションを見た後で、ステップ・バイ・ステップでサボテンの接ぎ木の作業を進めた。台座となるサボテンは竜神木というらしい、その外皮は少し硬いものの、いったん刃物の刃が中に食い込むと、中は驚くほど柔らかかった。ワンストロークで潔く先から5センチをカットした。本当にフルーツのようだった。その瑞々しいうす緑色の断面を見れただけで、すでに満足感が込み上げてきた。知らないことに出会うのはいつも素晴らしい。「切り離した上の部分は捨てましょう」と小田さんは言ったが、それすら少し躊躇するくらい綺麗だったのだ。

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