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戻れない夏の恋の物語

自分にはそんな経験などないはずなのに.まるであったかのように胸が焦がれたりするのは何故なのだろう.いい歌を聴くといつだってそう思う.夏は恋の季節だ,ということになっている.ここに集めたのは,この世界のどこかにいるであろういくつかの僕の分身と,その恋の相手との物語.彼らは僕よりも随分と魅力的であったり,自信があるようだったり,あるいはシャイだったりする.そして相手の女の子はどうやってもみんな素敵なのである.うたう彼女たちは時に切々と時に淡々とそんなふうに僕を(僕の分身たちを)きっと想う.こんな歌を聞くと,叶わぬとどれだけ頭では理解してもその子に会ってみたくなるのが我ながらやるせない.そして僕は結局僕でしかなく,どんなに胸が焦がれてもそれは現実には起こらないし,昔にも戻れない.あんなに輝いていたのに,今は熱中症を避けるために日陰を選んで歩くことくらいしか出来ないではないか,君よ.他に唯一出来ることは,ただ歌の中でその時間を生きたことを僕の分身たちを通して共鳴することくらいである.どこかにあったかもしれない夏.今となっては,もう取り返すことができない季節なのだ.

集めたのはほぼ有名な曲のカバーソングだ.有名と言っても今の若い世代にとってはほぼ懐メロである.City Pop と呼ばれて70年代から90年代くらいのいわゆる日本の歌謡ポップスが世界的に流行っているので,その意味ではこのラインナップは隠れた名曲のさらに隠れた名カバーソングが多くセレクトされている体になっている.でも実は僕が当時から,あるいは聞き直して好きだったり心を掴まれた曲たちなのだ.でもここではそのオリジナルではなくカバーソングを多く並べた.オリジナルが持つオーセンティックな良さをカバーソングが凌駕することは稀ではあるものの,複数の恋の物語がこのようにひとつの流れでまとまる時,むしろ演奏やその楽器やアレンジのトーンを踏まえたかったこともある.しかも比較的若いアーティストが歌うカバーソングが多かったことで,懐メロ感がいい意味で見事なまでに中和された気がする.曲順も選曲家としては全体の物語がひとつの大きな恋の話を紡ぐように並べたつもりだ.結果,どれもオリジナルとは別の質感で曲の中で歌われている恋の物語がむしろエモーショナルに響くものとなったと思う.カバーソングはいわば分身である.歌い手が変わるとそこで描かれる物語もガラッと変わる.二重の意味で,現実とはまた別の,パラレル・ワールドで誰かが夢想する物語なのではないかと思う.

もし,この選曲がもしあなたにも郷愁を誘うなら,少し嬉しく思う.


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