くろぐだの奇妙な冒険 ANOTHER NOTE『裏切者のラプソディー』

この作品について



本作は日向寺皐月さん作「くろぐだの奇妙な冒険」のスピンオフ的なものです。本編のネタバレを含みますので未読の方は本編を先にお読みいただくのをお薦めいたします。

OP.かの書物にあったかも知れない1ページ

「―ねぇ、ミヅキ君、人はいつ死ぬと思う?」
あの男―日向寺皐月はある時唐突に訊ねてきた。
「いやなに、新作のネタ出しさ。たまには他人の考えを参考にしようと思ってね。
いや、あくまで参考さ。何も突飛なアイデアでなくとも構わないよ」
そんなに軽いテーマではないだろうに、あくまでもにこやかに告げる。

この男の無茶振りは今に始まったことではないが、さてどうしたものか。
私は少し考えたのち、口を開く。
「そうですね……。私が残された側として、ですが、答えは『私がその相手が死んだと認めたとき』
……ですかね。」

「ふぅむ……『飛行機は飛んでいられるから飛べる』みたいな話だが、なるほどなるほど。」

彼はいつもの通り感情の読めない表情を向けながらこう返してきた。

確かに答えになってないような答えだが、私にとっては紛れもない真実だった。
そして―≪私はあいつの死をまだ完全に認められていなかった≫




1.more than a million miles

ぼんやりとした頭で自分の覚醒を認識する。
内装からして、私が目覚めたのはテルイグランドホテルの一室らしい。
顔を横に向けると、椅子に腰かけた人物がひとり。
それは私がよく知る人物のような風貌だが、一つ明確な違いがあった。

「やぁ、お目覚めのようだね、ミヅキ君」
あの男と同じように、彼女は私に声をかける。
不思議と疑念も恐怖もなくその存在はすぐに腑に落ちた。

その後で彼女―日向寺皐月『本体』が語ったことは次のような内容だった。
ひとつ、『あの男』は彼女―日向寺皐月のスタンドで、今は『回収』されたということ。
ひとつ、私はあの日あるスタンド使いによって意識毎ごと拘束され、今日はそれからおよそ二月あとであること。
そして、『バッド・デイ』は消滅し『後ろ向き同盟』も瓦解。
私のスパイ行為は同盟幹部のスタンド能力の影響によるところが大きいとして不問とされ、現在ASITは療養のため休職扱いであること。

私の知らないうちに全ては終わってしまっていた。
「―――そうですか。」
思考も感情も定まらず、やっとそんな一言を絞り出す。

「では、私はこれで。いつまでもとはいかないけれど、しばらくはゆっくりするといいさ」
そう告げると、彼女は去っていった。

「―――」
その背中に私は言葉を返すこともなく、ただ扉の閉まる音だけが響く。
「――――――」
しばらくの静寂ののち。手のひらを上に向け右手を伸ばすと、何処からともなく月球儀のようなものが現れる。
「『ナイトウイッシュ』」
私の呼びかけに応じ、球体は羽と顔にあたる部分をスライドさせフクロウのようなフォルムをとる。
これが私のスタンド『ナイトウイッシュ』。能力は指定範囲を『スキャン』すること。
私はその能力で部屋を『スキャン』する。
―どうやら、部屋に監視カメラや盗聴器の類はないらしい。ひとまず処罰なしというのは信じても大丈夫のようだ。
それを確かめると、私はスタンドをひっこめ横になる。

「―――――――――」
そして、なにを考えるでもなく天井を見つめているうちに、私は再び眠りへ落ちた。




2.挫折地点


それから数日、私はずっと部屋で過ごした。
思い出したように鈍った体を動かすか寝ているか。テレビやインターネットを見る気分にはならなかった。
食事もルームサービスを頼み、ときおり外を眺めるとき以外はカーテンも閉めていた。

これからどうしようかと自分に問うも虚無感に吸いこまれる。
兄と呼ぶのも腹立たしいあいつを消してくれた『バッド・デイ』。
自分を縛るしがらみを壊してくれたそのスタンドはもういない。
だがそもそも、兄という鎖から解放された後、その先のことなど全く頭になかった。
その心の隙間が同盟に加担するに至った要因だったのだろう。

いろいろひっくるめて総合的に、死に損なったというのが正直な思いだった。

さらに数日後。やっと部屋から出る気分になった私は何を目指すでもなくホテル内を散策する。
そして誰もいないラウンジに出たとき、ふとその一角にあるピアノが目にはいる。
此処を訪れた際何度か見たが、このピアノは既定の時間であれば一般客も演奏することができる。
今がその時間だったかどうか気にするよりも早く、私はふらふらとピアノに向かい、椅子に座る。
そして―


パチ、パチ……
指の動くままひとしきり演奏を終えたところで拍手に気づく。
後ろを見ると、彼女―日向寺皐月がいつのまにか傍の席に座っていた。
「『ラプソディー・イン・ブルー』か。音楽は門外漢だが、なかなかのものだね。キミがピアノを弾けるとは、知らなかったよ」
「それはどうも。昔取った杵柄……ですよ。ASITに配属されてからは触る機会もなかったですからね」
自分からすれば褒められるに値する演奏でもなかったが、ひとまず謝辞は返す。

「さて。いい演奏を聴かせてもらったところ悪いんだが、実はミヅキ君にひとつ頼みがあってね」
「……なんでしょうか」
「うん。実は……キミに探してほしいものがあるんだ」

3.grow

「例の同盟みたいに大きな問題はなくなったとはいえ、スタンド関連と思われる案件はいまだ大小問わず私の耳に入っていてね。
 今回のは私やASITが動くレベルではない……まぁ都市伝説レベルの話なんだけど」
私が隣の席に腰かけると日向寺皐月はそう切り出した。
「寝てるときに聴くと悪夢をみせ、翌朝こつ然と消えると噂されるオルゴールがあってね。正直眉唾物だと思ったんだが」
「が?」
「うん……その……実はだね、覚えているかな、RSC(レスキュー・スタンド・クラブ)の子たちを。その中の一人がそれに遭遇したらしいんだ」
「……はい?」
「SNSでこれがそうだと投稿された写真のオルゴールが、いつの間にかロケ……彼の手元にあってね。興味本位で試してみたらしい」
呆れ半分、困惑半分といった表情が自然と出てしまう。
「残念ながら夢の内容は覚えていないそうだが、次の日起きると汗だくになっていてね。そして……そのオルゴールは消えていた、そうだ」
そして彼女は私にスマフォの画面を見せてくる。件のSNSに投稿された写真のようだ。
「これがそのオルゴールだ」

その写真を見て、私は一体どんな表情をしたのだろう。怒り。焦燥。あるいは無表情を通したのだろうか。
ガラス面にフクロウの意匠が彫られたオルゴールには見覚えがあった。

(いいきょくだよな、コレ。いつかピアノでひけるようになりたいな)
――あいつの、兄であったあいつの持ち物だった。

「――ます」
気がつくと私はこう言っていた。
「――この案件、引き受けます」

予感、直感、そこまでのレベルではない、無意識の域を出ない感覚。あえていえば嫌悪感。
――おそらくこの件には、あいつが関わっている。




4.再生賛美曲

翌日から私は久方ぶりの捜査を開始する。
『ナイトウィッシュ』には、スキャン範囲を広げるほど情報の解像度が落ちるという性質がある。
スタンドができることは本体ができると思っている範疇に収まるものだといつか耳にしたが、
その説が真であるならば、これは情報量で自身の脳に負荷がかかり過ぎないようにするため無意識にかけられた安全機構なのだろう。
私は市街丸ごとスキャンできるような、そんなスケールの能力を望みはしていない。
とはいえスキャンの範囲が広がったのはあのころと比べ周りを見る余裕が出てきたことの象徴なのだろうか。

この能力が発現した当初、限界と感じるまでの範囲はわずかなものであった。
私があの当時望んでいたのは、いつもいつも「一歩」先にいる兄に勝つこと。そのために少しでも多くを学ぶこと。
それも例えばスタンド能力をカンニングに使うといったやり方ではなく、真向から。自分の納得のいく方法で。
あの頃は目ぼしい参考書をひたすらスキャンし、それによって得た知識を活かすため分析し、取捨選択し、あるいは体を動かし
実践に耐えうるものに加工していくことの繰り返しだった。
そうして身に着けた情報処理メソッドが世のため人のために活用されるのだから、人生わからないものである。

ともすれば不器用で非効率なくらいのやり方をある程度絡めるのが、昔から私にはしっくりくる。
当時ほど強迫観念に駆られることのなくなった今でもそれは変わらない。

数日かけ、まずはインターネット上で例のオルゴールの情報を洗う。
ASIT権限で書き込まれたのがT市市内であるSNSや掲示板への投稿を抽出していく。まずは初動、相手が噂レベルであることから
優先するのは信憑性より量の確保。
そして時間と場所のデータを地図上でまとめていく。

資料をまとめる作業のあとは情報の考察を行う。
サンプルはやはり少ないが、なにか読み取れるものはないか思考を巡らせる。
ふと、ある可能性に気づく。
「もしかして、県警本部……いえ、ASIT本部に向かって……?」
オルゴールが複数存在しない前提だが、目撃情報を辿っていくとオルゴールの目撃箇所はある程度S市外側に動いた後は内側の一定方向へ
向かっている。それこそ、オルゴールに意思があるかのように。
「……あまり考えたくはないけど、試しに向こうから来るのを待ってみましょうか」

スタンドという存在を知っている以上、ありえないと断じるには早い。
正体や仕掛けまではわからないが、おそらくオルゴールは私を狙っている。




5.after all...

兄は、万能な人間だった。
勉強でもスポーツでも、新しく始めたことにすぐ適応し、あっという間に一定以上のレベルまで習熟する。
学生時代は特定の部活動には所属せず『助っ人要因』として引っ張りだこ。
それでいて人当たりもよく、生徒教師含め校内に知らぬ者のない人気者。
もちろん私にも優しく兄妹仲も良好であった。

そんな兄は私の自慢だったし、特に劣等感を持つようなことはなかった。……なかった。
違和感を覚えたのはいつだっただろう。『妹が大切だから彼女は作らない』という噂を耳にするようになった頃だったろうか?
私がやろうとしたことほど上手になると気づいたときだったろうか?
決定的になったのは、そう、将来の進路を≪自分と同じ≫警察官にしたと知ったときだった。

兄は私を行動原理にしていた。
常に私の前を行き、彼が思う私にとって理想の人間になろうとした。
――私を手に入れようとした。
その歪な愛情表現を真に目の当たりにするのは、少し先のことである。




6.追って追われてシリウス

情報整理と休憩を兼ねて立ち寄った喫茶店。
手を止め昔のことを回想していたが、ふと視線を感じ窓の外を見やる。
「―――!」
そこにはフードを被った人影。そしてその手には例のオルゴールがあった。
こちらが気づいたと知るや、フードの人影は手招きしてその場を離れる。
(やっぱり私が狙い?)
すぐに会計を済ませ追いかける。距離は離されたが幸い≪ナイトウイッシュ≫の能力圏内。
通行人を避けつつ追跡し、辿り着いたのは――T市中心部、大聖堂。
後ろ向き同盟の事件で損傷した聖堂はいまだ修復中。庭園の一部は解放されているものの立ち入り禁止エリアも少なくはない。
だが、目標はこの先。意を決して破られたKEEPOUTテープを越え進む。

それにしても。庭園に入ったときから気になったが、どうもスピーカーから音楽が流れているようだ。
(音量が小さいうえノイズ交じり……オルゴールのようだけど、あのオルゴールの曲?)
考えながら進み、開けたエリアへ出ると、スピーカーから声が発せられた。
「来たね、ミヅキ。愛しの妹よ。わかるよね?――おにいちゃんだよ?」
分かるとも。二度と聞くことのないよう願うくらいには忘れられない声を。
その声を聞いて、私はどんな表情をしたのだろう。おそらくは、人に見せられるようなものではなかったと思う。

「あぁ、この日が来るのをどれだけ待っただろう? 早く声が聴きたいなぁ……
 コホン。さて、久しぶりに鬼ごっこをしよう!いつ以来かなぁ?
 この大聖堂庭園には多くの人を呼んであるんだ。知ってるだろう?昔から慕ってくれる人には事欠かなくてね。
 彼らに捕まらずに私のところまで来れるかな?」
どうやら『外向き』の顔ではなく本性モードらしい。
声が途切れるとBGMの音量が大きくなる。それはオルゴール調の聞きなれた曲。ラプソディーインブルーだった。
そして背後に人の気配。振り向くと虚ろな表情の人物が5人。
「参加拒否はできないと。……どちらにしてもここまで来て放ってはおけないですが」
「協力してもらってはいるけど、彼らは一般人だ。仮にも警察組織の一員であるミヅキに傷つけることはできないだろ?
 助けたければ私のところに……私を止めることだね。それじゃ、10数えたらスタートだ」
そして始まるカウントダウン。
今は逃げるしかない。私はすぐにその場を後にする。




7.ALL I ASK OF YOU

『ナイトウィッシュ!』
スタンドで周囲を把握しながらひたすら進む。
鬼役の人たちはおそらく何らかのスタンド能力で操られている。「生前」の兄にスタンド能力はなかったはずだが……
ざっと周囲をスキャンしただけでも人数は10や20ではない。おそらくスピードや精密性ではなく数でなんとかするタイプなのだろう。
瓦礫による通行止め、鬼役の動きをかわしつつ動くことは簡単ではない。その上スタンドの連続発動による消耗もある。
処理能力が私自身によるものである以上、スタンドエネルギーに加え体力を消費していけば限界もその分早まる。
「―――あなたにも無理をさせるわね」
一瞬スタンド像がかすれるのを見て微笑み呟く。半分は自身への鼓舞として。

おそらくあの放送は大聖堂の設備を使ったもの。庭園全域をスキャンするには至らなかったが声の主はそこにいるとみていいだろう。
相手が兄であるなら、性格上その部分で私を騙したりはしないと確信があった。しかし――
(あいつは死んだはず)
その疑念を頭から離すことができない。
先ほどの放送。あれは間違いなく兄の声だった。目的も、私を狙ってのことであれば不本意ながら納得はいく。
(遺体の確認にも立ち会った。体の損傷は激しかったけど、あの顔は間違いなくあいつだった)
忌まわしき≪バッド・デイ≫の一次被害者。兄はその一人だった。
連絡を受けまず感じたのは勿論悲しみではなく、兄との関係の終わりはこんなにもあっけないのか、というものだった。
一歩的な感情のベクトルを向けられ不快だったのに、勝ち逃げをされたような空虚感。
(いや、今は進みなさい。答えはこの先に――)

そして辿り着いた大聖堂前、屋外祭事用のステージにそれはあった。
「やぁ、来たね。うん、できるなら拍手で迎えてあげたかったけど……」
その声は演台に乗せられたオルゴールから発せられていた。
「ご覧の通りさ。君が知ってる通り、私の肉体はもうないよ。この私は『ダウン・ワンス・モア』に宿る、残留思念、さ」

「このオルゴールのことは覚えているだろう? 『バッド・デイ』だったかい?あの日あのスタンドにやられて『このまま死にたくない』と
 願ったのが叶ったのか、気づいたらたまたま積んでいたオルゴールに憑依する形でスタンドが目覚めてね。
 能力は『このオルゴールの音をいいと感じた者に行動を刷り込む』ことさ。警察病院のスタッフから始まって市内各地で『協力者』を集めたんだ。
 それもオルゴールの生音どころか録音や放送でも能力を行使できるくらい気に入ってくれる人たちを、ね」

「それも全て、ミヅキ。愛しいキミを今度こそ、その全てを私のものにするためだよ。
 キミも好きだったこの曲を通じて、私はキミと一つになるんだ」
こちらから尋ねるよりも早く、聞きたいことのおおよそをペラペラ話す『兄であったもの』。
だが、その周到さは生前と変わらない。
まくし立てたのはただ話したいだけでなく、操っている人々をこの場所に集める時間稼ぎも兼ねてのことだろう。
加えて――
「そう。気づいているだろうけど、道中もキミへ蓄積される疲労を計算してある程度誘導させてもらったよ。
 『ここまでおいで』とは言ったけど『来れたらミヅキの勝ち』とは言ってないからね」
そう、この通り状況はこちらに圧倒的不利のままである。




8.VS

「分かったろう?さぁ、観念してお兄ちゃんのところにおいで?大丈夫、ミヅキさえ手に入るならみんなは解放すると約束するよ。
 あぁ……すっと欲しかった……キミの体を、感覚を、愛しい愛しい妹の総てを。ついに私のものに……」

あぁ、あぁ、
「はぁ……恥ずかしい」
「汗だくで乱れてるのを気にしてるのかい?大丈夫さ。お兄ちゃんは気にしないよ?」

あぁ、苛立ちが止まらない。
「お前が身内として恥ずかしいってことだよ‼ あの辱められたときには抵抗できなかったけれど、今は違う。
 ASITの一員として、この街のスタンド使いとして、お前を放置するわけにはいかないわ」

決して勝算があったわけではないが、このまま言いなりで終わるつもりも毛頭ない。
ここへきてようやく自覚できたのだ。あの戦いではリングに立たずじまいだった自分が後ろめたかった。
兄のときと同じく、自分が蚊帳の外のまま事態が終わったことがもどかしかった。だから今日こそ、

「……思い出したの。≪ナイトウィッシュ≫はお前に勝ちたい思いで発現させたスタンド。
 ここが限界状況じゃない。まだ負けじゃない。お前との関係、ここで決着を着ける!」

思いの限り力いっぱい叫ぶ。と、傍の≪ナイトウィッシュ≫が眩い光を放ち、シルエットを変えていく。
丸に近かったフォルムが、人型へ。形態変化が収まると、光は優しく薄れていく。
現れたのは、嘴のような仮面をつけ羽を重ねたようなドレスを纏う人鳥型のスタンド像。
その姿を見やると、前に向き直り高らかに告げる。
「―――『ナイトウィッシュ・ゴシックメタル』!今日こそ、お前に勝つ!」

9.そして僕にできるコト


「……。やれやれ。抵抗するにしても、どうするんだい?まさか、市民を傷つけるわけにはいかないだろう?
 それとも、市民を脅かす悪に屈した『裏切者』としてためらいを捨てるのかな?
 お兄ちゃんはそれでもかまわないとも。可愛い妹を決して邪険にはしない」

屈強な、服装からしておそらく警備員であった男が3人、演台を守るように立ちはだかる。散らばっていた鬼役たちも集まってきている。
確かに、いくらスタンドが進化しても簡単に覆せる状況ではない。

[――。――――――]
逡巡していると≪ゴシックメタル≫が思念を送ってきた。因果率のスキャン結果。勝利への道筋――
[アト5分、逃ゲ切ルノデス]

「さぁ、いい加減私のものに――」
しびれを切らし、私を囲う人々が襲ってきた。最後の力を振り絞り、その手を躱し、いなしていく。
警察学校で習った合気道ベースの護身術。幸い一般人相手、まだ体は思い通り動いてくれる。
だがそれも時間の問題。ついには物量に負け、地面に組み伏せられた。

「全く。往生際が悪い。だがこれで」
「これで私の勝ちだ」
まだ意思は折れない。不敵な笑みを浮かべてやる。
「何を、この状況で」
セリフを食われややうろたえた声色。どうやら気づいていないらしい。
「時間だ」

『ゴーン、ゴーン、ゴーン……』
大聖堂が鐘を鳴らす音が響く。それは、市民の安心のため、真っ先に修復された最も大事な機能であった。
これが≪ゴシックメタル≫のスキャンにより見えた「勝利への因果」。

洗脳の元凶であったオルゴールの音を遮断され、人々は力なく倒れていく。
私は≪ゴシックメタル≫とともにそれを押しのけ、オルゴールへ歩み寄る。
「まさか、そんな―――」
「私の勝ちよ。――お前はもう、死んでるの。いい加減に、葬って(おくって)あげるわ」
「あぁ、そうか、ついに叶わなか」
バゴン、遮るように≪ゴシックメタル≫がオルゴールを蹴り上げる。
「お前に鎮魂歌(レクイエム)は捧げない」
しっかりオルゴールを見据え、断ずる。
「イアイアイアイアイアイアイア――!」
≪ナイトウィッシュ・ゴシックメタル≫が空中のオルゴールに激しい蹴りのラッシュを浴びせ――――
「イアイアイアイア――哀しています」
そう告げると同時に、強烈な回し蹴りが決まる。

≪ダウン・ワンス・モア≫はオルゴールとともに消滅。塵となって消え去った。

「――――さようなら。狂詩曲(ラプソディー)とともに眠りなさい」
その日、ようやく私は兄の死を受け入れた。




エピローグ. day after tomorrow

あれから数日後、テルイグランドホテル。私はまた無人のラウンジでピアノを弾いていた。
あのときよりは幾分よくなった『ラプソディー・イン・ブルー』を。

パチ…パチ…

演奏後。またしても聞こえる拍手。

「報告は聞いたよ。洗脳されていた人達は大事なし、無事に日常生活に戻れるそうだ」
その後、私はラウンジを訪れた日向寺皐月と事件についてやりとりをしていた。

「そうですか。それはなによりです。」
「うん。ミヅキ君にとっても――これでよかったのかな?」
「……。そうですね。そう思っていただいて構いませんよ」
「わかった。ではこの件はここまで。次の話だけど、これからどうするのかは決まったのかい?」
「遠方ですが、昔ピアノを習った先生を頼ってピアノ教室の事務員をしなが   らピアノのリハビリをすることにしました。
 いずれは私自身も生徒を受け持つ予定です」 
「そうか。T市を出るんだね」
「はい。正直、それが一番やりたいことだとはっきり言えるわけではないのですが……
 まずはできることをしながらその先を考えようかと」
「そうかいそうかい。寂しくなるが、君の選択は尊重しよう。どうやら憑き物もおちたようだしね。
 ……ふふ、あいつなら祝詞の一つでもあげるところかな」
「……そうですね。一応、たまにはここに戻ってくるつもりです。兄の墓参りもしたいですし」
「そうか。そうしてあげてくれ」
「ええ。……ありがとうございました。その、いろいろと」

「あぁそうだ、ひとつ伝え忘れていた」
別れ際にふと彼女は呟いた。
「今度私の新作が出版されることになってね。死生観をテーマにしたちょっと哲学的な内容なんだが、発売されたらぜひ手に取ってくれたまえ」

瞬間、いつかの会話が頭をよぎった。
進化した≪ナイトウィッシュ≫にも、人生全ての因果をみることは叶わない。

どんな景色が見えるかわからないデイ・アフター・トゥモローに思いを馳せながら、私はT市をあとにするのだった。

【裏切者のラプソディー 完】

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