百合

かなりぶつぎり

 薫との記憶。薫と初めて接触した時の、あたし。
 大学の入学式。誰一人知らない人間たち。隣の女が別の女に話しかけていた。初対面同士らしいのに、あたしと目に見える条件は同じなのに、どうしてあたしには話しかけてくれないんだろう? 流行りのアイドルの話をする、どうでもいいはずの人間に そう、思ってしまった。
 薫はすごくきれいな横顔だった。有名人でもこんな顔は見たことない、と思った。薫だけがすうっと 浮き上がってみえた。変に着飾ったあたしたちは中学生が夜のパーティにでも呼ばれたみたいにちぐはぐだった。でも、彼女だけはそうじゃなかった。ずっと年の離れた同級生かと思えた。
「隣、いいかしら」
 いまどきそんな話し方するか、と思って顔を上げると薫が居た。
「あ」
「駄目?」
 からっとした調子で彼女は言った。今すぐ返事をしないと何処かへ消えると思った。
「どうぞ」
 あたしの声はへんなふうに響いた。返答、これで合ってた?
「ありがとう」
 声の、音の、滑らかさが尋常ではなかった。あたしは驚いていた。あのきれいな女が隣に居る。あのきれいな女があたしに話しかけている。このきれいな女は挙動まで美しい。
「あ、あの さ」
「何」
 すうっと微笑まれる。単純に。
「名前、なんて言うの。」
「ふふ、薫よ」
 あたしは何がおかしくて彼女が笑うのかわからなかった。
「あなたは? 本来なら自分から名乗るべきよ」
 あたしはびくっとした。なるべく、それに気付かれないように注意して、
「玲奈。荻野玲奈」
 とこたえてみせる。
「玲奈、ちゃんね」
 薫はそう言って微笑む。こんな人にちゃん付けをされるなんて、年下扱いされてるみたいで、照れくさくて、そわそわした。
「なんて呼んだら、」
「他に授業は何を取ってるの」
「え、」
「今日以外もご一緒できるのかしら」
 あたしは問いに答えて貰えないこと、問いかけられたことに混乱した。しかも、その問いが自分の期待する結果とほぼ一致していて、期待した以上の結果を得られる選択だった。
「えっ、と。心理学と、英語と、フランス語……とか、なんか」
「と、取り敢えず、ゼミは出ない」
 あたしは挙動不審だった。美人にたじろぐような人種じゃないはずなのに。人はこう、美人には動揺する他ないらしい。
「私と同じね。心理学とフランス語は一緒だわ」
 薫が同じ、というのに謎の勘違いをし始めるあたしの脳。
「ゼミ、出ない、の?」
「出ないわ」
 すっと前を向く薫。
「そんなままごとやりたくないもの」
 この時、あたしは恋におちた。

「玲奈っ」
「ああ、薫」
 あの後結局、薫は一度もあたしは 「玲奈ちゃん」 と呼ぶことはなく、玲奈、とだけ呼ぶようになった。
 呼び捨てで呼ばれるのは小学生男子以来だった。それで、毎回どきどきした。あたしのまともな恋は小学生が最後だった。
「課題、どう?」
 薫が笑みを含んで言う。
「途中」
「今日提出なのよ。私の見る?」
「見る」
 だめなあたしを薫は助けたがる。ときどき、何が面白くて、と思う。薫に母性なんて微塵もない。あたし達と関係の利点なんてまだまだ薄いはずなのに。

……
 あたしたちは、つめたい、生クリームののったロイヤルミルクティーを待つ。
「ねえ、それ何」
「これ?」
 目線先にあるものをつまみあげる。
「そう。それ」
「なんかのキャラクター。私も知らない」
 赤いクマみたいな見た目の丸っこい塊。ひどく不細工で、誰も興味を示さないところがいいと思った。
「何処で買ったの」
 薫は興味が無いくせにそんな事を言う。
「なんか、レコードも売ってる、暗くてごちゃごちゃしたお店」
 手の中で弄んでみる。固いプラスチック製で、爪にあたるとかりかり鳴る。
「行くとこそんなのばっかりね」
 そう言って彼女は笑う。ふわふわ舞うレースみたいな声で。

 帰り道
「玲那」
「なに?」
「最近あったすてきな事教えて」
 薫の語彙はやっぱり現実離れしているというか、古風な感じがする。
「あたしの生活に起伏がないって事知ってるでしょ」
 私の思うすてき、なんて教えたくなかった。
「知ってる」
 うたうように薫が言う。
「それでも私が玲奈の全てを知っている訳ではないから」
「その通り」
 あたしに話せるすてき、を思い浮かべるために空を見上げる。視界に広がるのはやさしいきいろで、地面の底が燃えているようなグラデーション。
「嫌いな先公が妊娠した」
「知りたくない事言わないで」
 薫はぎゅうっと眉に力をこめて嫌悪の表情を示した。そのあとに、空がきれいね、と言った。私が感じたすてきな事だった。
「またね」
「さようなら。」
 こっくりと頭を下げる。薫は世界で唯一「さようなら」 を正しく発音できるひとだ。

 薫と話した後、あたしはへんな感じになる。不可解な、高揚感。それと自己嫌悪。感覚が過敏になって、醜いものが目についた。あたしの挙動。忌まわしい。そんなの薫の視界に耳に空気に入って欲しくないものだ。

……
賑わう食堂。
「友達居るのにさあ」
 腕を伸ばす。この話、しちゃいけない。
「どーしてあたしとなんかといるの」
 言う事を止められずにそのまま案の定後悔して私は痒くて暑いみたいな不快な感覚に囚われる。
「そうね」
 即答してよ。
「あなたのこと、放っておけないから」
 在り来りな綺麗事。
「彼氏みたいなこと言うね。」
 あたしとあんたはそこまで仲良しじゃないでしょう?
「玲奈の不可解なところが好きなの」
 その言葉のほうが不可解である。
「貶してるの?」
 それであたしは笑ってしまう。薫も笑みを零す。
 もっとも、ながい時間一緒に居たら私達の関係って崩れちゃいそうね。
「今日のお昼は何食べる」
「エビチリがいい」
 薫は衛生を気にして学食を絶対に食べない。
「いいわね」
 手元にある紙パックのジュースを飲む。
「私、佐藤に誘われた」
 薫の、男にくんとかさんとか付けないところに好感がもてる。
「へえ」
 興味はなかった。薫は何でもかんでも報告してくる。でも、知らないことは限りなくある。たぶん。
「あと誰だったかしら」
「名前なんてよく覚えてられるね」
 あたしの言葉は皮肉っぽく響く。そんなつもりじゃなくても。
「大した意味は無いのよ」
 そう言って、きいろいコンクリートみたいな見た目のプロテインか何かの固形物を口に含む。
「覚えておかなきゃ、と思ったら覚えられるの。勉強みたいに」
「無駄なところ使ってるんじゃない」
 羨ましい。あたしは全然賢くない。
「私は無駄な事はしない」
 その通りだった。
「ね、その男、どんな人なの」
「特に秀でたところは皆無ね」
「最低」
 そんな男。あたし以下の人間なんて全員死んじゃえばいいのだ。

 お酒を呑みに行こう、と薫は言った。私はまだ二十歳になったばかりでほとんど呑んだことがなかった。薫はわるいひとなので既にたくさん酒を呑んでいた。
「あなた呑めるの」
 初めてのお酒を思い返す。二十歳にもなって、年齢確認される事に怯えながらスーパーで買ったビールの事。アルコールの匂いがつよくした。味はよく分からなかった。あたしは炭酸があまり好きではなかった。
「美味しいのなら飲む」
「難しいわね」
「そう?」
 あたしは何にも知らないから、そうやって無責任なことしか返せない。
「私、あまりお店を知らないから」
「薫はけっこう呑んでるでしょう?」
「付き合いでだけよ」
 薫はいかがわしい事をしてるのだろうか。
「それは美味しいの」
「あんまり」
 弱々しく、ふわっとわらう。あたしは淋しくなる。
「そんなの、呑まなきゃいいのに」
 薫にそれは選べないのに、言葉が出ていってしまう。その言葉に意味がない。だから、沈黙になる。言葉が出たことを後悔する。
「ね、呑むのはビール? カクテル?」
「ジョッキのビール。」
 薫はこたえがあるものなら何でもくっきり応えてくれる。
「意外」
「知ってるでしょ、この前合コンした飲み屋に居たじゃない」
 あ。
「え、いつ」
 しらばっくれられるなら、そうする。
「先月かな」
「覚えてない……」
「そう」
 薫が問い詰めるのは一回きりだ。それがときどきあたしを惨めにさせる。浅はかさとか。もっと薫が問い詰めてくれていたら、薫が疑った通りで、あたしが嘘をついてるって、証明が出来て、白黒ついて、それで良かったのに。はっきりしていたい。あたしの中で行き場を失う不都合。正直に言ったって薫は怒らない。なんで言えないんだろう。そもそも、この一回だけじゃなくて、あたしは何回も彼女の後をつけていた。
「居酒屋行く?」
「行くっ」
 簡単な答いなら、あたしだって答えられる。底抜けに明るく。

「すごい賑わってる」
 薫は自分から不快を申し出ないから、あたしが大丈夫? と訊く必要がある。こちらに目を合わせてにっこりとする。やさしい薫。あたし以外にも。
「いい匂い」
 扉は閉め切られていて、中が見えなかった。古い引き戸の見た目をしているが自動ドアだったので驚く。
「こんばんは」
 店員と目が合ったので言う。手の指をにほんぴんとたたせる。
 てきぱきとテーブルの用意をして、一瞬の内にあたしたちは案内される。
 荷物の置き場所にあくせくしてから顔をあげると目の前のメニュー表に店員が指をさしている、のが分かるより先に薫が
「飲み物。」
と言った。あたしは状況を理解することができる。あたしがちゃんとしていなくても、薫はちゃんとしている。薫がちゃんとしてなくても、あたしがちゃんとする。だから、大丈夫。
「ビール?」
 あくまで確認。
「ビールふたつ」
 ビール銘柄は。
 あたしたちは顔を見合わせる。お互い、わからない、という顔をして。
「お、おすすめのやつを。」
 じゃあこの地ビール飲みます?
「いいかな」
「いいと思う」
「じゃあそれで、」
 あたしたちは外側のひとたちと全然違った言語で話している。あたしたちだけで翻訳しあう言語。
 店員が下がった、と思ったらすぐに正面で串を焼いてるバイトらしき男が目の前のほそい長方形のお皿に串を置いた。ハツです。あたしたちはまた目を合わせる。
「これって頼まないでもどんどん来るのかな」
「初めてみた」
 案外薫も世間知らずなのかもしれない。頼んでもない焼き鳥に気を取られてる最中に別のバイトの男の子がビールです、と言う。頭が混乱する。もう用意され目の前に出されたビール。うすい透けた黄色。
「いただきます」
「いただきます」
 ちらっと薫のほうを確認する。まだグラスには口を付けていない。
 グラスを手に持ったそのまま肘から右に動かし、傾ける。数ミリ。店員には絶対気付かれはしない。
 こつ。つめたい音をして当たり、離れる。薫が目を合わせてくる。
「かんぱい?」
「乾杯!」
 乾杯、を出来たことが嬉しくて声が弾んだ。酔うのはこれからだ。
 まずは匂いを嗅ぐ。
「バナナの香りがするわ。」
 あたしは頷いて、薫がそれを飲むのを待つ。あたしも感想は共有したいけれど、彼女の言葉だけを聞きたい。あたしの感想で、薫の感覚を邪魔したくない。グラスに口をつけ、くいっとのむ。薫は動きを止める。薫は新しくものを考える時、真剣になり過ぎだ。眉間に皺を寄せるようにしてグラスを、今口にしたものをじっとみる。きれいな顔がこわばる。
「普通だわ。」
「普通っ!?」
 あたしは美味しいビールというものに気を取られ、呆気に取られて笑った。すると、薫の顔も緩む。
「バナナの香りはするのだけど……」
 もうひと口、ふた口と軽々とのむ薫。あたしはその真偽を確かめたくて、口にする。
「……普通だっ。」
「でしょう?」
 薫が首を傾けて笑って、あたしは嬉しくなる。
「えっ、バナナの香りがするのに、味、普通っ」
 薫は自嘲的に笑う。あたしも、そう。なあんだ。勧めるほどのものなんかじゃない。あたしたちはビール嫌いのまま。
 薫とあたしの感覚はほとんど同じだ。

……
 ひさびさに大学に行った。薫のいないコマに出るのは億劫だと思えた。そんなことを実行したらあたしが大学に出るのなんて三時間しかない。
 教室に入る。広々として、ひとがぽつぽつと見える。顔なんてほとんど見えない。でも、彼女がいたらすぐにわかる。
 まだ居ない様だったので先公の目が届きにくい後ろの方の柱近くに陣取る。あたしの目の前に席をとる男はいつもマリオカートをしている。あたしはボイスメモを起動させ、授業の殆どを眠ってやり過ごす。
 あ。薫だ。
 複数人の男女に囲まれて入ってくる女。ちいさい薫。あたしに気付いて、こんにちはって、言ってくれればよかったのに。彼女はくすくす笑ってるように見えた。私は薫を見る時だけ視力が数倍跳ね上がるみたいだった。そんなのむかつく。そう思った。

「おっはよう。」
 誰だこの女。
「この前休んだじゃない? ほら、ノート。見せたげる」
 あー、しつこく隣に居座るクソ女。
「いいよ別に」
「断ることないよ」
 鬱陶しい。
「単位落としたっていいから、あたし」
「そんなこと聞いてないけど……」
 哀れみと傷心と純粋な疑問を伴う音。吐きたくなる。
「うん」
 噛み合わない相槌をしておく。
「ねえ、時間あるでしょ」
 お前に割く時間なんてない。
「どっか行く?」
 薫。こっちを見ないで。
「あ、そうそう、最近駅前にね、お洒落なカフェが出来てたの」
 こんな奴とつるんでなんか無いのに。恥ずかしい。失望されたくない。
「……帰る」
 あたしは逃げるのが下手くそだった。
「じゃあ、また今度ねー」
 勝手にまた私を拘束する宣言をするなよ。

「なんでもいいよ」
 そうやって責任押し付けやがって。
「そっか」
 遊ぶ気力が無いなら許可なんかしてくれなきゃいいのに。
「玲奈はどこがいい?」
 どうしてこんなにつまらない奴に気を使って遊びに誘ってしまったんだろ。
「ーー駅」
 後戻り出来ない質だった。
「そこなら私も行きやすい! 助かる!」
 この女の定期圏内の駅だと知っていた。あたしの定期圏内ではなかった。

 薫以外の私の周りに居る人間は全員下卑た奴ばっかりだ。一緒に居て不愉快だった。
 でも、薫と居て、薫がいない時はいちばん、不愉快であった。
「なあだってな、この前のあいつ。さあ、まーたやってきたんだよ気色悪いよな」
 あの男はいつも同じ話をしている。
「うける、あんたが悪いんじゃないの?」
 この女も。
「俺じゃねーよ! あいつが全面的に悪だろうがよ」
「薫はどっちだと思う?」
 あたしは薫を助けたかった。
「さあ」
「さあ。だって! 薫あんたに興味ないんだよ」
 耳がばりばり裂かれるような音。
「なんだよう、いつもは優しいくせに」
「えっ? 薫があんたに優しくしてるとこ見たことないけど? 何? 何何何」
「そんな事無いわ」
 そんなことないわ。
「あーっ。それ、絶対あるやつじゃね?」
「へへっ。なあ、薫」
「私は何時でも優しいの」
 きゅ、っとやさしいやさしい、ちいさな威嚇をする薫。あいつらにそんな事を感情を動かす薫。
 甚だ不快だ。

……
 月経。
 生理血の臭い。
 甘く、鼻にどろっと入り込む臭い。
 あたしはそれを、すれ違い様に吸ったことがある。なんだ、みんな同じか、って思った。この 忌まわしい 女、の匂いは子宮から排出される用済まなかった血の臭いだったのだ。
 あるコーヒーの匂いによく似ている。豆の入った袋に鼻を近付けた時の匂い、コーヒーを淹れる時に立ち上る蒸気。
 そのコーヒーの香りは赤ワインやスイートスパイス、メープルシロップと形容されるもの。発酵、に近しい匂い。赤ワインはまだ飲んだことはないけれど、アルコールの匂いが飛べば案外その匂いなのかもしれない。エロチックだ。すくなくとも、薫の匂いであるならば。

……
「土手に行かない?」
 夕方、もう別れるとおもっていた時、唐突に薫が言った。確かにこの近くに土手はある。
「家出少女みたいでいいと思うの」
「家出したことあったの?」
 あたしは馬鹿みたいなことを訊いた。みたい、と思うことと事実は関係ないのに。でも、それと同時に薫の事を知る機会になりうる、と感じた。
「ないわ」
 じゃあ何が良い、の。
 薫はどんどん前に進んで、明かりから遠のいていく。急で大きい階段をとんとん上っていく。
「危ないんだから帰ろうよ」
 土手は明かりがひとつもなくて暗かった。
「何か怯えることがある?」
「だって、そう習ったじゃん。」
 薫は一体どこで、という顔をする。
「……親がそう言うの」
「玲奈って真面目ね」
 ほんとうに、私は真面目でいやになる。

「座るの」
「ええ」
 薫は綺麗好きなのに。
「虫が居そうで嫌」
「此処に来たら座るものよ」
 そう言ってすとんと腰を降ろす。地面に吸い寄せられる。斜面に、だ。恐ろしく自然だった。
「真っ黒ね」
 どこを見るでもなく薫が言う。
「何にもみえない」
「あなたが見ようとしてないだけよ」
 こころがびりっとした。
「川も波打つのね」
 薫は首を後ろにのばして仰け反る。頭が地面につきそうだ。
「こうやってするの気持ちいい」
「そんなの変。」
 どうしてそんなことをするの?
「子供の時に戻ったみたい」
 薫ははしゃいでいるみたいだった。
「土手なんて遠足でしか来なかった」
「玲奈は遠足で何したの」
「何を」
「私は散歩した」
 それもクラスメイト全員で、とつけたす。悪趣味でしょう。
「自転車に乗ったおじいさんがヂリヂリってベルを鳴らしてきて怖かった」
 そこにいたはずの先公を殴りつけたかった。
「誰も轢かれなかった?」
「そうね」
 誰かが轢かれたみたいな言い方。
「あたし、みんなとお菓子食べた」
「箱に入ったさくさくぱんだばっかり持っていってた」
「私も好き」
「でもね、友達が持ってきて交換してくれるお菓子のほうが良いって思った。し、美味しいと思った」
「雑誌で見たお菓子なんか持ってくるから」
「玲奈は何を買って貰えなかったの」
「知育菓子」
「ふふ、勉強に消極的な親ね」
「いやな親」
「私は駄菓子を買って貰えなかったの」
「お小遣いも貰えなかった」
「だって、十円あれば買えちゃうんだから」
「どうしてだめだったの」
「大した事じゃないとおもう。ただ、体にわるい、って。あなたはもっと質のいいものを食べなさい、って」
「お嬢様になったね」
 そんなことない、と首を振る。親の教育が失敗している、の否定だ。
「親に心の貧しくなりそうな事ばかり言われたわ」
「親って何の為にいたのかなあ」
「子孫を残す為よ」
 薫が吐き捨てる。
「獣に変わりないね」
「私たちだけは獣じゃなければいいのに」
 同じ人間を獣と呼ぶならそんな事言えなかった。でも、そう願いたかった。薫も同じように、人類の繁栄を否定しているならば。

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