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『源氏物語』(古文)を読んだときの覚え書き_第2帖『帚木(ははきぎ)』

第2帖『帚木(ははきぎ)』 →帚木三帖(帚木、空蝉、夕顔)
『帚木』という巻名は源氏と空蝉との贈答の歌に拠る。二度と源氏の接近を許そうとしない女の態度の象徴。
《和歌》「帚木の 心を知らで そのはらの 道にあやなく まどひぬるかな」(光源氏)
(近づけば消えるという帚木のようなつれないあなたの心も知らないで、園原への道に空しく迷ってしまったことです)
 
《和歌》「数ならぬ 伏屋に生ふる 名の憂(う)さに あるにもあらず 消ゆる帚木」(空蝉)
(しがない貧しい家(地名の伏屋に掛ける)に生えているということが情けのうございますので、いたたまれずに消えてしまう帚木なのでございます)
 
◇光源氏17歳夏◇近衛の中将であった頃のこと
<物語の流れ>
   光源氏 →五月雨の一夜、頭の中将、左の馬の頭、藤式部の丞から妻として迎える理想の女性像として中流の女に個性的な女が多いという話を聞く →紀伊の守(きのかみ)の屋敷で、その父伊予の守(いよのかみ)の後妻と出逢う
 
<書き出し>
 「光源氏(ひかるげんじ)、名のみことごとしう、言ひ消(け)たれたまふ咎(とが)多かなるに、いとど、かかるすきごとどもを、末の世に聞き伝へて、軽(かろ)びたる名をや流さむと、忍びたまひけるかくろへごとをさへ、語り伝へけむ人の物言ひさがなさよ。さるは、いといたく世を憚(はばか)り、めまだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野(かたの)の少将には笑はれたまひけむかし。」
 (光る源氏と、名前だけは立派だけれども、人から貶される良からぬ行ないも多いようなのに、さらに輪をかけて、このような浮気沙汰を後世の人たちも聞き伝えて、軽るはずみな人物であるという評判を後々まで残すことになろうかと、秘密にされた内緒ごとさえも、語り伝えた人々の言いぶりのなんと意地悪なことでしょう。とはいうものの、光源氏はたいそう世を憚って、まじめにと心掛けられるので、色めいた興味ある話はなくて、交野の少将には笑われたことでしょうに。)
 ※「交野の少将(かたのせうしゃう)」は、奔放な恋愛遍歴を重ねた古物語の主人公
 
<帚木三帖>
 第2帖『帚木』の冒頭①と第3帖『夕顔』の巻末尾②に、序文と結び文とに呼応が見られる。
 ①「光源氏(ひかるげんじ)、名のみことごとしう、言ひ消(け)たれたまふ咎(とが)多かなるに、いとど、かかるすきごとどもを、末の世に聞き伝へて、軽(かろ)びたる名をや流さむと、忍びたまひけるかくろへごとをさへ、語り伝へけむ人の物言ひさがなさよ。」
 
 ②「かやうのくだくだしきことは、あながちにかくろへ忍びたまひしもいとほしくて、みなもらしとどめたるを、『など帝の御子ならんからに、見む人さへかたほならずものほめがちなる』と、作りごとめきてとりなす人ものし給ひければなん。あまりもの言ひさがなき罪、さりどころなく。」
 (このような煩わしきことは、努めて隠し忍んでいらしたことで、気の毒なので、何も漏らすことなくいましたが、「なぜ、帝の御子であるからでしょうけれど、相手の女まで不十分なところがなく、褒めてばかりなのか」と、作り話のように言い立てる人がそう言われたからなのですよ。(作者として)度を越した言いぶりの慎みのない罪は免れないことで。)
 
<帚木(ははきぎ)とは>
①   草の名。ほうきぐさ。干して草ぼうきにする。[季語] 夏。
②   信濃(しなの)の国(長野県)の園原(そのはら)にあったという伝説上の木。
遠くからは箒(ほうき)を立てたように見えて、近寄ると見えなくなるという。居るのに人に会わずに逃げる人や、情けがあるらしく見えて実のないことをたとえることもある。
《和歌》「ははきぎの 心を知らで 園原の 道にあやなく まどひぬるかな」(光源氏)<源氏物語『帚木』>
 ((伝説の)帚木のように実のない(あなたの)心を知らないで(帚木のある)園原の道(恋の道)にわけもなく迷ったことだなあ。)
 
<雨夜の品定め>
 『夕顔』の巻で作者自身によって「雨夜(あまよ)の品定め」と呼ばれる部分
 「さて、かの空蝉のあさましくつれなきを、この世の人には違ひて思すに、おいらかならましかば、心苦しき過ちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなむを、心にかからぬ折なし。かやうの並々までは思ほしかからざりつるを、ありし「雨夜の品定め」の後、いぶかしく思ほしなる品々あるに、いとど隈なくなりぬる御心なめりかし。」(『夕顔』)
 (さて、あの空蝉のあきれるほどの冷淡さは、普通の人とは違うと思われたが、もっと素直であったなら、心苦しく思う過ちで終わったはずであるのに、大いに悔しく引け目を感じて終わったので、気にならないときがありません。このような並みの女にまで思いをかけることがなかったのに、あの「雨夜の品定め」の後、様子を知りたいという気持ちになられる階層があるので、ますます隈なく目配されるお心になられたようです。)
 ※「なめり」は、断定の助動詞「なり」の連体形「なる」+推定の助動詞「めり」で「なるめり」、「なるめり」の撥音便「なんめり」の「ん」が表記されない形
 ※「かし」は、強意の終助詞
 
<中の品(なかのしな)>
 頭の中将(とうのちゅうじゃう)の言葉
 「人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然にそのけはひこよなかるべし。中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下のきざみといふ際になれば、ことに耳たたずかし」
 (身分が高く生まれれば、人にかしずかれて、欠点も隠れることが多く、自然にその人の気配は良いものになるでしょう。中流の人は、人それぞれの心持ちの傾向も見えて、個性が分かれて他との違いもそれぞれに多いのです。下層の身分となると、ことに聞いて心に留まることはありません。)
 ※「みみたつ」は、自動詞タ行四段活用、聞いて心に留まる、聞いて注意が向く、の意
 
 五月雨(さみだれ)の一夜、頭の中将の言葉を発端にして、光源氏、左馬の頭(ひだりむまのかみ)、籐式部の丞(とうしきぶのじょう)が集いて女性談義、妻たる女性としてどのような人が理想か、「中の品」(中流の女)にこそ個性的で面白味のある女がいる(作者の抱懐する女性観の吐露か)という話が進む。後に続く『空蝉』『夕顔』の物語を導く。
 話の中に「常夏の女」として後の「夕顔」登場。
 
【登場人物】
伊予守(いよのかみ)
  空蝉の夫、前妻との間に(紀伊守(きのかみ)、軒端荻(のきばのおぎ)、右近将監(うこんのぞう)という子がいる。紀伊守は後に河内の守(かふちのかみ)(『関屋』)になる。
 
空蟬(うつせみ) 
  故中納言兼衛門督の娘、地方官伊予守(伊予介)の後妻、弟小君(こぎみ)がいる。一度だけ光源氏と契ることになるが、その後は身分の格差に悩み、再会しても拒み続ける。伊予介の死後出家、その後、光源氏に迎えられて二条東院にて晩年を過ごす。小君は後に右衛門佐(えもんのすけ)(『関屋』)になる。


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