見出し画像

対話って何だっけ?

文京区で地域活動をやっている仲間がゆるく繋がっているグループ「文京まちたいわ」では毎年2/11にフェスをやっているのですが、今年のテーマを決める際に「対話」という原点に立ち返ろう、という話が出ました。そこで対話に関する本をいろいろ読み漁っていたら平田オリザ著『対話のレッスン』の学術文庫版まえがきに「日本語には対話の概念がない」と書いてあるのが目に入りました。これはいったいどういうことでしょう。

日本の社会では「みんなが同じように考える」ことがある種のタテマエになっているので直接的に意見を言うことは避ける傾向にあるかも知れませんね。この本の中で著者は「私がくどくど説明するより『対話のない社会』(中島義道著)という素晴らしい本が出版されている」と書いてあるので、そちらも買ってみました。「対話の基本原理」というページに「いかなる相手の質問も疑問も禁じてはならない」とか「相手との対立を見ないようにする、あるいは避けようとする態度を捨て、むしろ相手との対立積極的に見つけてゆこうとする」など堅苦しいことが書かれていてどうもしっくりきません。他の本も何冊かAmazonでポチって読んでみたのですが、ますますわけが分からなくなってきました。

僕のイメージでは「言葉を頼りにお互いの気持ちを理解する」というのが近いですね。言葉は使う人によってニュアンスとか意味が違ったりするので自分の常識で解釈すると間違うことがあります。なので言葉そのものではなく、言葉の奥にある「気持ち」を想像することが大事なんじゃないかと思うわけです。そのためには話の元になる前提を共有するための地道な努力が必要になります。こうやって関係を作っていこうとすることが「対話」と「会話」の違うところではないでしょうか。

地域活動を「対話」から始めるというのはとても大事なポイントですね。「文京まちたいわ」の原点がここにあるわけです。まだちょっともやっと霞がかかっていますが、もう少し勉強していつかちゃんと説明できるようにしたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?