見出し画像

エンカウントの技法

 神無月某日の朝、六時半。カメラを携えて駐車場で待ち構えていると、白とカーキの縞模様の軽トラが滑り込んできた。そうして訝し気な表情で、降車してきた久世さんに言う。お疲れ様です。
「なにごと? 会社から遠いし」
 実は久世さんが担当する物件に、妙な噂があるじゃないですか。
「海際の別荘でしょ。で?」
 どうにかして汚名を雪ぎたいと、家主さんと社長とで相談しまして。
「はい」そう返事をする久世さんに作業着を手渡す。
 家主さんの力となるべく、我々設計士と建築士が! 現場に! 向かいます!
「そうだね?」
 久世さんが勤める会社は、空き家の管理と改修を生業としている。そこでリノベーションを依頼された物件一つに、心霊スポットと呼ばれるものがある。肝試し目的での不法侵入や、器物破損など問題が多い家だった。その問題を家主も社長も逆手に取る。
 建物各所に設置したカメラで真夜中の定点観測。また噂される怪奇現象の検証も行う。これらを動画にして、共有サイトに投稿。煙を燻らす火の不在を証明しようとの試みだ。チャンネルにはそれなりに登録者がついており、小学生のこづかい程度の収入がある。
 “何もない”ことに説得力を付与するため、工事の模様も逐一撮影する。今回はその第一回目の収録だ。
 建築士の久世さんです。潮風の中で拍手が虚ろに響く。高速道路を一時間半ほど走って現場に到着すると、先行した家主さんが待っていた。二人は作業着を羽織り、安全靴を履き替えカメラの前に立つ。
 今日はこの家の間取りを、建築士の観点で眺めていく企画ですが。
「コンプラ的に大丈夫なんですか。この企画」
「まあ僕は大丈夫なんで」
 家主の小松さんがそう答えても、久世さんは不満顔だ。しかし口答えはしない。社長の友達兼出資者には逆らえないのだろう。あるいは雌伏している可能性もあるが。まあ。いい。撮影は始まっている。
 では、ここからは聞き耳の時間ということで。

【続く】


◆サポートは資料代や印刷費などに回ります ◆感想などはこちらでお願いします→https://forms.gle/zZchQQXzFybEgJxDA