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有名な心理実験を受け売りすると恥をかく(今年一番の視点を変えた本HUMANKIND)

ユヴァル・ノア・ハラリが推薦し世界46か国で訳されている話題の書ということで遅ればせながら読んでみたHUMANKIND
今年1番の視点を変える本との出会いだった。

1 スタンフォード監獄実験とは

 被験者に応募した学生を看守の服を着せ看守役を演じさせた結果、看守役の囚人役の学生に対する罰がエスカレートしていき、囚人役が精神的に追い込まれて実験が中止されたとされるセンセーショナルな実験。
このスタンフォードでの実験は、普通の学生が環境や身なりによって凶悪な行動に駆り立てられていく人間の本性を示す例として長らく引用されてきた。

2 隠された事実を知ると見えてくる真実

 データを検証したブレグマンはこの実験を捏造だという。
 この実験の研究者は、看守役には一切の行動の指示を与えていないと説明してきた。ところが、看守役の行動の多く(特に足首に鎖をつけたり裸のまま立たせるといった屈辱的な扱い)は、あらかじめ採用された研究助手を通して事前に提案されたものだった。つまり、看守役は、研究者側の指示に従い、あるいは指示を忖度して行動していた(このような準備のなかったテレビ局の後日の再現実験では、看守役は囚人役を追い込むことなくソファーで過ごし、退屈な番組になったという)

3 「常識」を検証していくブレグマンの行動力

 ブレグマンは、本書の中で、人間の本性は悪である根拠として流布してきた実験結果や言説をあらゆる文献やヒアリングで検証していく。『人間は生来、利己的だ』というドーキンスの主張は第二版で削除されたこと、少年たちのいじめ本性を描いたノーベル文学賞受賞者の『蠅の王』とは違う行動を漂着した無人島でとった少年達へのインタビュー、そして、スタンフォード監獄実験や、ミルグラムの電気ショック実験で見逃されている前提など。

 特に私達は実験や研究結果と呼ばれるものを信じやすい。本を読むにつれて、これまで当然のように信じていた知識の見え方が変わることに目から鱗が落ちる思いになった。

4 ブレグマンの本を信じていいのか

 ところで、ブレグマンが書いていることを信じてよいのだろうか。この本を読んで情報検証の大切さを実感した読者は次にそう思うはずだ。そういう読者を期待して本には多数の引用文献が記載されている。ネット情報社会では、世界の片隅で本をとった一読者にも事実を検証する機会が与えられる。

調べてみた結果、スタンフォード監獄実験の研究結果(8頁)には看守役にはどのように看守を行うかの特段の指示や訓練は与えられなかったと記載されている。そしてDavid Jaffe がSuperviserであったことも記載されている。
https://web.stanford.edu/dept/spec_coll/uarch/exhibits/Narration.pdf

このDavid Jaffeは、スタンフォードでの監獄実験以前に同様の実験を行い看守役の行動について発案をしている。
https://exhibits.stanford.edu/spe/catalog/cj735mr4214

BBCの再現実験 http://www.bbcprisonstudy.org/

これらの資料を見る限りスタンフォード監獄実験に関してブレグマンの追加した事実の一部は正しそうだ。

この検証に数十分かかった。すべてを疑って自分で検証することは大切だとわかっていても実際に検証するのには多大な時間がいる。

 ブレグマンが性悪説を根拠づける言説をひっくり返す著書2冊分の事実を世界中から集めるのには壮大な労力がかかったはずだ。これを成し遂げた原動力は、人間は本質的に善であってほしいという強い希望に違いない。原動力に動かされた言説だとすると、ソファーで過ごして視聴者を退屈させる囚人よりもインパクトのある実験結果をもたらしたいと思って実験を進めた研究者とどこか似ていないか。

すべての言説には動機がある。だからこそ受け取る私達一人一人が事実を検証するマインドを持ち続けなければならない。ブレグマンのHUMANITYはそう教えてくれる。