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魚群

最近ここの更新頻度が低いのは、単純明快な事由。以前ほど言葉を思う儘に綴れなくなったせいだ。

以前は、感情に言葉を着せることがもっと楽にできた。
「人間は、自分の知っている言葉の中でしか思考できないからね。」という言い分が一理あるとすれば、僕の感情に適した言葉は、僕の脳味噌の中に常に存在していたことになるし、そこそこの頻度で言葉をインターネットの海に放流していた当時は、今ほど優柔不断でもなければ、矛盾を孕んだ文章に対する恐怖もいくらか小さかったので、こんなにも言葉選びという想いの出力に苦労することもなかった。

子供のままではいられないと歩き始めたはいいものの、次は大人として在ろうとすることが枷になって結局飛び立てない。この心苦しい時期にこそ、言葉を欲しているというのに。拙い。

「いつまでも子供みたいなこと言わないよ。」
そんな冷ややかで取り繕ったような理性が、感情の言語化を邪魔している事は分かっている。

押し黙るの反復で何かしらの神経細胞が壊死する又は鈍麻する、ということを、子供も大人もよく覚えておいた方がいい。
僕はこの一年、思っていても思っていないことにしてやり過ごす、という技で数々の場面を凌いできたせいか、平穏無事な日々を送れることの代償として、感動や恐怖といった心の反応が、いくらか鈍くなってしまったようだった。

心の視力、いわゆる感性という力の急激な衰え。認知の歪み。感情や思想は不明瞭で分析困難。視界が晴れない。正確に言えば曇りがとれない。なにひとつ、自分の目で耳で受け入れたものに対する心の動きを言葉で言い表すことができない。嗜好に対する偏愛すら、今はうまく語れそうになくて困った。本当の好きなのか、好きでいたいの好きなのか。そんな判別すら儘ならない。儘ならない。本当にそれに尽きる。
年相応の発言、年相応の鋭利さ、年相応の視野、そんなものばかりを拾い集めていたら、腕の隙間から文体を落としていたことに気づけなかった。生きるためには大切なものだったのに。おかげで、言葉にならない言葉の渦は、体内で静かに深くなるばかりで、その混沌のせいか、身体はぼんやり気怠い。澱んでいる。そんな感覚だけは澄んでいた。足は地に着いているはずなのに、血が通っていない脳味噌のせいで、視線がいつまでも定まらない。心細い。寂しいとは違う。常に足元がすくわれそうで、気を抜くときっと転んでしまうだろう。

身体は変わらずここにあるはずなのに、
言葉があんなにも遠くに見えるのはどうして。
僕はどこまで流されてしまったのだろう。いつの間にか霧の中でひとり、取り残されて、無数の水滴の中に景色が透けるのをただただ待ち望んでいる。
嘘ばかりついているような気がして苦しい。言葉を持つ生き物故の耐えがたさだと思うと憎かった。自分の言葉がひどく恋しくて、はやく正直者になりたいと思う。

言葉の少ない日常は、日に日に解像度が低くなり、あんなに違って見えた一日一日が、違いに気づく前に終わっていく。月は変わらず綺麗な顔をして夜空に浮かんでいることでしょうが、それはただの真実だからそう言いきることができるのであって、今の僕の目には、視力低下も相俟って、ぼんやりとしたただの光源でしかない。
大切にしているもののことを、思い出そうとしなければ思い出せないことが悲しい。「過敏」な気質をあんなにも煩わしく思っていたのに。今は感じないことの方が恐ろしい。目に、心に映る景色をはっきりと認識しないまま、出されたものだけを食らうような世界で生きる方がよっぽどあやういじゃないか。感情を整理しないようになってからは、死にたくなることも消えたくなることも減った。だから仕事だって、いちばん心が死に急ぐ五月だというのに毎日行けている。文豪が揃いも揃って病んでいたのは、自分の感情を適切に言語化できてしまうからというのは有名な話だが、生きづらさから身を遠ざければ生きやすくなる、なんてことはない。そんなシンプルなはずがなかった。心が鈍くなればなるほど、よく分からない場所に放り出されていると不安になる。「病みたくない人は、自分の感情に気づかなければいい。」なんとかなる、仕方がない、その二言はまちがいなく平穏を齎してくれるのだが、生きている自覚はないのに、身体だけが今日も動いているという感覚は、なかなか気色が悪いよ。

息を吸って、吐いて、吸っていたら一日が終わる。
起きて、お弁当を作って、決まった時間に家を出て、家に帰って、机に向かって、気がついたら23時。なんて息がしやすくて、不自由なんだろう。
充実している日々に、不満があって、申し訳ない。
円滑だけが僕を豊かにしてくれる訳じゃないのだと、解釈してもいいですか。
移り変わる景色の中で、変わらないものを愛していたい。変わらないものを見つけるのが楽しみなんだから、もっところころ日々は変わって、諸行無常を生きさせて。そろそろ起きてよ。いつまでもぼんやりしないで。



活字をただ並べたかっただけです。

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